Mar. 28 〜 Apr. 3, 2022

"Power Balance & Backlash, Etc."
労働者&経営者のパワー・バランスの変化、コメディアン激怒の背景, ETC.


今週のアメリカでは、先週日曜のオスカーのステージ上で起こったウィル・スミスによるクリス・ロックに対する暴力のニュースに 人々の関心と話題が集中。ロシアの侵略がスタートして以来、初めて人々の関心がウクライナ情勢からシフトしていたけれど、 そのウクライナ情勢は ロシアが和平協定でキエフからの撤退を宣言。しかしその直後にキエフに対して攻撃が続行され、 軍がキエフからウクライナ東部に移動しただけで撤退とは言えなかったのが実情。5週間前にロシア軍によって占拠されたチェルノブイリからは、 放射線被ばく症状が原因でロシア軍が撤退しており、1986年の原発事故現場が今も危険であることに加え、放射線に関する警告や指示を受けないまま ロシア軍が派兵されてきた様子を窺わせていたのだった。
そんな中 アメリカの情報筋は、ロシア軍の幹部がプーチン大統領を恐れるあまり戦況を正確に伝えていないことから、プーチン氏がロシア軍の劣勢をしっかり把握していないことを指摘。 今週にはウクライナ側が和平協定で妥協しない姿勢を強く打ち出していたけれど、今週までに国外に脱出したウクライナ国民の数は400万人以上。 その殆どはやがて母国に戻ることを希望しているとのこと。 アメリカは10万人のウクライナ移民の受け入れを発表しており、そのために国境におけるタイトル42(感染病が認められた国からの移民を拒否するルール)を5月23日で 撤廃すると今週発表。しかしそれによって見込まれるのが南米からの移民が大挙して押し寄せることで、それ以外にもウクライナ侵攻が始まって以来、急増しているのが 「ロシア政府をソーシャル・メディアで批判したので、母国に帰れば逮捕される」というロシア人亡命希望者。 そのため今後移民問題が混迷を極めるのは必至で、それがバイデン政権の大きな負担と中間選挙の敗北要因になると見る声が圧倒的なのだった。



労働者と経営者のパワー・バランスの変化


今週 金曜にはアメリカの3月の雇用統計が発表されたけれど、それによれば3月にアメリカで生み出された新しい仕事の数は43万1000。 これによってパンデミック中に失われた2200万の仕事の90%が戻った計算。 しかし今後徐々に上がって行く金利の影響が雇用にも現れることから、ゴールドマン・サックスのトップ・エコノミストは 次の四半期では毎月の新規雇用数が20万前後に減少すると予測。
そのゴールドマン・サックスは、今週ジュニア・レベルのバンカーが 週5日のオフィス勤務に抗議して辞職をほのめかしたことがニュースになっており、 マネージメント側が「出勤は本人の選択」としながらも、従業員の出勤率をチェックしていると非難。 J.P.モーガンは自宅とオフィスでのハイブリッド勤務を認めているけれど、やはり多くの従業員が週5日のオフィス勤務に戻る意志は無い言われるのだった。
ITセクターではメタ、アマゾン、グーグルらが、ほぼ全員の社員にリモート勤務、もしくはハイブリッド勤務を認めているけれど、 2021年にハドソン・スクエアに21億ドルの巨大なオフィス物件を購入したグーグルは、上層部が社員のオフィス復帰を望んでおり、 今後2年前後を掛けてオフィス出勤の社員を昇給、昇進、仕事内容で優遇することにより、オフィスへの引き戻しが図られると言われる状況。
そんな中アップルは4月11日から最低週1日のオフィス勤務を義務付け、5月2日からはそれが週2日、5月23日からはそれが週3日になるという 段階的RTO(リターン・トゥ・オフィス)のスケジュールを実施するけれど、これが社内で猛反発を呼んでおり「仕事を辞める」と宣言する社員が続出。 社内メッセージボードには 「通勤をして、さらに8時間オフィスで働くなんて耐えられない」という声と共に “F--k RTO” という書き込みが見られる有り様。
パンデミック中に社員がオフィスに戻りたがらない理由は、もっぱら感染を恐れる健康上のものであったけれど、 今では「再び週5日の通勤ライフスタイルに戻れない、戻りたくない」という声が圧倒的。 アメリカでは通勤費用が個人負担であることから、昨今のガソリン価格の高騰、NYにおいては地下鉄での犯罪増加も人々がオフィスに戻りたくない大きな要因。 加えて自宅勤務を通じて多くの人々が悟ったのが オフィスでの8時間勤務が 実際には通勤のための身繕いや往復の通勤時間を含めた10時間勤務であるという事実。 これまで通勤によって奪われてきた時間が生活にゆとりをもたらすことを実感した人々の間では 「一生リモートで働けるのなら昇給、昇進を逃しても構わない」という声が非常に多く、パンデミック中にすっかり変わってしまったのが人生のプライオリティ。 そんな変化は社員に対する企業の強制力の低下をもたらしており、これまでの雇用側の「嫌なら辞めろ」という脅しのパワーがすっかり衰えて、 今では働く側の「嫌だから辞めてやる」という意志表示の方が経営側の脅威になりつつあるのが現状。
そうした労働者と経営者のパワーバランスが変わりつつある様子が ホワイト・カラー・ジョブだけではないことを立証したのが、今週金曜にNYのスタッテン・アイランドにある アマゾン・ウェアハウスで労働組合設立が従業員の55%の投票を得て決定したこと。 アマゾン側は同社の27年の歴史上 初の労組誕生に失望を隠せないコメントをしているけれど、今後労組設立は全米のアマゾン・ウェアハウスで起こる見込みで、 同じ状況は昨年NYのバッファロー店で初の労働組合が誕生したスターバックスでも現在進行中。
アメリカは3月の段階で失業率が3.6%となり、これは過去50年間で最低水準。それでも未だアメリカは人手不足が続いている訳で、 今後はどの企業にとっても これまで散々切り詰めてきた人件費が膨らむことは必至となっているのだった。



今週、避けて通れないこの話題


前述のように今週は、過去5週間で初めてウクライナ情勢以外のことに人々の話題が集まったけれど、 それがオスカーのステージでウィル・スミスがプレゼンターでコメディアンのクリス・ロックのジョークに腹を立てて 彼を殴り、客席に戻ってからFワードを含む発言をした事件。 このジョークは妻で女優のジェイダ・ピンケット・スミスが脱毛症であることを知らなかったクリス・ロックがそのバズカットを映画「GI ジェーン」とリンクさせたもので、 一部にはウィル・スミスをかばう声が聞かれたものの、様々な意味で常軌を逸していると思われたのがこの事件。
まずその現場が 視聴率が低下しているとは言え、世界一の視聴者数を獲得する歴史ある授賞式イベントのライブ放映中で、 タキシードを着用するフォーマル・オケージョンであったこと。そこでウィル・スミスが見せたのは バーでアルコールを飲みながら眺めていたスタンドアップ・コメディアンのジョークに腹を立てた観客のような緊張感やイベントに対する敬意が感じられないリアクション。
また多くの人々が指摘したのが「GI ジェーン」の何がそんなに悪いのか、殴りに行くほどの酷いジョークなのかということ。 1997年公開の映画「GI ジェーン」でデミ―・ムーアのヘアを担当したスタイリストは 今週 「デミ―のバズカットを美しいと思っていたので、あんなリアクションを示すこと自体が信じられない」とコメント。 加えて世の中にはシンシア・エリヴォ(写真上右)のように脱毛症でもなくてもバズカットをしている女性はセレブリティにも一般人にも数多く存在する訳で、 そんな女性達にとってウィル・スミスの行為は自分達のヘアに対する侮辱として受け取れたと言われるのだった。
その一方で客席に戻った彼が叫んだ「Keep my wife’s name out of your fxxking mouth.(妻の名前を出すな)」という発言も、 妻が一般人であるならば当然であるものの、ジェイダ・ピンケット・スミスは女優でありセレブリティ。 そもそもアカデミー賞授賞式ではプレゼンターやホストがノミネート者や参列者をジョークのネタにするのは伝統であり、ネタにされるのはAクラスのセレブリティである証し。 その中には趣味の悪いジョークも決して珍しくなく、それがメディアで批判を浴びることもあるけれど、言われた当事者はTVカメラで捉えられるとあってさほど不快感を示さないのが通常。 「All publicity is good publicity」と言われるハリウッドでは、名前が出ず、カメラにも映らない事の方がセレブリティにとっては問題とされること。 また女性の間では、「ジョークへの抗議は言われた本人がするべきで、夫が本人の意志を確認せずに勝手にしゃしゃり出るのは女性に対する権利侵害」という声も聞かれていたのだった。
さらには ジョークに一度は笑うリアクションを見せたウィル・スミスが、なぜ抗議の文句を叫ぶ前に 先ず殴りに行ったのかを不思議がる声も多く、 いろいろな意味で理解を超えた次元であったのがこの事件。
結局金曜にウィル・スミスはアカデミーの懲戒処分の決定を待たずして、アカデミーのメンバーを辞任。 アカデミーが4月18日に決定する追加の処分も受け入れると声明で語っているけれど、 これについては彼が先に辞任することで プライドと主演男優賞受賞のステータスを守ったという見方が多いようなのだた。



ジョークのリミットとコメディアンの言い分


オスカーでのウィル・スミスの事件に最も大きく反応したのがコメディアン達。 アメリカではコメディアンから俳優になるケースは非常に多いけれど、 夜のトークショーからオスカー、グラミー賞といったありとあらゆる授賞式イベントまでのホストを務めるのがコメディアン。 アメリカで人気のポッドキャスターもコメディアンで、エンターテイメント界はコメディアン無しでは成り立たないのだった。
そんなアメリカのコメディアンは ユーモアのスタイルは千差万別であるものの、政治経済を含む世情や歴史、人種・社会問題、地域カルチャーを理解しなければプロとして通用しないとあって IQが高く、観客のリアクションに対応する機転を持ち合わせ、時にタブーを冒すことはあってもジョークのリミットを心得ているのは言うまでもないこと。 そんな彼らがこぞって指摘したのは、先ず ジェイダに対して語られたジョークが極めてマイルドで、腹を立てるレベルのものではなかったということ。 ところがツイッター上には「オスカーに登場するのなら、参列者の健康状態や人間関係を把握してジョークを語るべき」といった意見が見られたことから、 「そんなことまで気にしてジョークを語っていられない」と腹を立てていたけれど、 コメディアンのビル・マーはHBOで放映される自らの番組で ジェイダ・ピンケット・スミスについて「もし脱毛症がそんなに深刻なメディカル・プロブレムなのであれば、健康面で極めてラッキーだということ」と語り、 脱毛症が病気ではないことを改めて強調。
実際にウィル・スミスをかばっていた人々が今週繰り広げていたのが、まるでクリス・ロックが小児がん患者をからかったかのような猛批判。 しかし前述のように世の中にはファッションでバズカットにする女性は少なくない上に、 ジェイダが脱毛症で悩んでいたことなどクリス・ロックは知る由も無く、「知っていて当然、配慮して当然」という批判は不適切と言わざるを得ないのだった。

今回のことでコメディアン達が最も危惧すると同時に嫌っていたのは、ウィル・スミスの暴力によって 今後彼らが出演するイベントや番組、スタンドアップ・コメディのパフォーマンスで 観客やゲストが気に入らないジョークを語った場合に、 従来なら論外であった暴力的なリアクションを誘発し、それが容認される社会風潮が出来上がってしまうこと。 しかもウィル・スミスが腹を立てたジョークが 「あんな事を言われたら、殴るのも仕方がない」と誰にとっても悪質と判断されるものでは無かっただけに、 「ジョークを勝手に解釈して腹を立てる権利」や、それを理由にした暴力に理解を示す状況がまかり通ってしまうのは極めて危険なこと。 それだけにアカデミーが暴力を振るったウィル・スミスをそのまま客席に居座らせ、その後受賞、及び受賞スピーチをさせたことは コメディアンだけでなく、多くの人々から「暴力の容認に当たる」と批判されていたのだった。

パンデミック以降のアメリカでは暴力事件が激増し、店員やフライトアテンダントがマスク着用を呼び掛けただけで殴られたり、アジア人に至っては口論に及ぶことも無く 虫の居所が悪い人間の傍を歩いただけで殴られる事件が頻発しているけれど、 そんなどんどん増える暴力を まさかのアカデミー賞授賞式でも見せつけられたのが今回の事件。 これまでは多くの人々にとって 「人を殴るというのは、よほどの事が起こった時に及ぶ行為」と捉えられてきたけれど、 ウィル・スミスのアクションは今のご時世が決してそうではないことを改めて感じさせるものになっていたのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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