June 17 〜 June 23 2019
遂にお披露目となったフェイスブック・コイン ”リブラ”、
”$hit Coin” と批判されるその用途、コンセプト、問題点は?
今週のアメリカで最大の報道になっていたのが、オマーン湾で起こった石油タンカー攻撃以来、一触即発状態になっていたイラン情勢。
週半ばにはアメリカ軍のスパイ・ドローンが撃墜され、「イランの領空で撃ち落とした」と主張するイランに対して、「国際水域であった」とするアメリカ側が
木曜に報復攻撃を宣言。しかしその開始10分前に突如攻撃を取り止めたのがトランプ大統領。
緊迫していたワシントンDCの政界は胸を撫で下ろしたことが伝えられるけれど、
そんな世情を反映して今週3年ぶりの大きな値上げを見せたのがゴールド。これまでは
各国の中央銀行が市場価格に影響しないOTC(オーバー・ザ・カウンター)で買い漁っていたと言われるゴールドであるけれど、
昨今の価格の高騰は一般投資家の資金が流れ込んできたと見られる動き。
通常はゴールドと逆の値動きをするはずの株価も、FEDの利下げ予測を好感して木曜にはダウ平均株価が一時2万6883ドル90セントの
高値記録更新まで上昇。
さらにビットコインもアメリカ時間の金曜に1万ドルの大台を回復し、何から何まで値上がっていたのが今週なのだった。
そんな中6月18日にホワイトペーパーとビデオでお披露目となったのがフェイスブックがクリエイトしたクリプトカレンシー、” Libra / リブラ”。
リブラは2020年前半から実用化が予定され、世界各国のメジャーな通貨と価格が連動した ステイブル・コイン。
中国版フェイスブックと言われる ”WeChat / ウィチャット” が行っているような
送金、決済機能をフェイスブック、およびその傘下のインスタグラム、WhatsApp / ワッツアップに持たせるクリプトカレンシーであり、
同時に1000万ドルを支払ってパートナーになった企業が
リブラをベースに独自の環境をクリエイトして活用できるプラットフォームとしての側面も持つもの。
その意味でリブラはスマート・コントラクト機能を備えたクリプトカレンシーで、殆どのアルト・コイン(ビットコイン以外のコイン)のベースになっている
イーサリアムに似ていると言われるのだった。
パートナーとして加わった企業のラインナップの中には VISA、マスター、PayPalといったペイメント・システムの企業に加えて、
Uber、Lyft といったカーシェアリング、Eベイ、クリプトカレンシーの大手取引所のコインベース、
ハイファッションのファーフェッチ、ミュージック・ストリーミングのスポティファイ、ホテル予約のブッキング・ドットコムの親会社、
ブッキング・ホールディングス、ノンプロフィット・オーガニゼーションのKiva/キヴァやマーシー・コープ、
ベンチャー・キャピタルのアンダーセン・ホロウィッツやユニオン・スクエア・ベンチャーズ等、
現時点では約30社が名前を連ねており、実用化までにはそれが100社に増えるとのこと。
リブラのローンチに伴って、フェイスブックは”Calibra / カリブラ” という子会社を設立していて、
カリブラが行うのはリブラを利用したサービスやプロダクトの開発。
利用者はカリブラにフェイスブックのプロファイルとは全く別のアカウントでデジタル・ウォレットを持ち、
全てのトランズアクションの記録が管理されるのがカリブラ。
したがって「カリブラでの支払いデータは一切フェイスブックの広告データとして使用されることはない」とのことで、
ユーザーのプライバシー情報の扱いにおいて全く信頼性の無いフェイスブックが
リブラのデータ管理には関わっていないことを強調しているのだった。
では具体的にリブラがどのように活用されるかと言えば、クリプトカレンシーとは言いながらもビットコインより ペイパルに極めて近いのがその機能。
スマートフォンのウォレットに入ったデジタル通貨、もしくは”インターネット・マネー”という解釈が一番分かり易いものなのだった。
利用者はリブラ・ウォレット・アプリを利用してまずリブラを購入するところからスタート。その際に求められるのがクリプトカレンシーの購入時同様のフォトIDの登録。
購入したリブラは パートナー企業のUberやVISA、スポティファイ等の支払いに
手数料ほぼゼロで使用することができ、国内&国外の友達や家族への送金も フェイスブック・メッセンジャーやワッツアップでメッセージを送る感覚で
手数料無しで行えるというもの。
リブラが1秒にこなせるトランズアクションの数は1000件で、いずれはコーヒーや食材の購入、地下鉄など交通運賃の支払いや
電気代等の公共料金の支払いも可能にして、ありとあらゆる支払いをこなすオールマイティの支払い手段にするというのがフェイスブックのビジョンなのだった。
リブラという通貨自体を運営しているのはスイスのジュネーブに本社を置く独立のノンプロフィット・オーガニゼーション、
”リブラ・アソシエーション”。リブラ・アソシエーションのカウンシルでは前述の1000万ドルを支払ってパートナーになった企業が
それぞれ1票ずつの投票権を持ち、リブラの運営方針を決定するのがそのカウンシル。すなわちフェイスブックが主導権を握る訳ではないのだった。
リブラは、”リブラ・リザーブ”とネーミングされた巨額のプール金でその価値が裏付けられており、
リブラ・リザーブの内訳は世界で最も安定した通貨(ドル、円、ユーロ等) とそれらの国の短期国債。
特定の通貨の価格が上下動してもリブラの価格が安定を保つようにデザインされており、リブラ取扱店は
通貨変動によるリブラの価格上下を心配する必要はないのだった。
リブラのパートナー企業が1000万ドルを支払うメリットは、世界に20億人と言われるフェイスブック・ユーザーと手軽な決済&送金方法で繋がるだけでなく、
リブラ・リザーブが抱える巨額のプール金の利息。リブラが世界中で活用されればされるほど、
リブラ・リザーブが後ろ盾として抱える資金が膨らむので、その利息だけで膨大な金額。
そこから運営費、開発費等を差し引いた利益が、投資額に応じてパートナーに折半されるのがその仕組み。
またリブラが一般に活用されるということはフェイスブックやインスタグラムを通じた物販やサービス提供が盛んになることを意味する訳で、
当然増えると見込まれるのがフェイスブックの広告収入。現時点で9000万のスモール・ビジネスがフェイスブック・ページを持ちながら、
広告を出している企業はその10%以下の700万。リブラが普及しフェイスブックやインスタグラムが小売りチャンネルとして
確立されれば、フェイスブックは多くの企業にとって最も有効な広告手段となるのだった。
リブラのリスクと言えるのは、アプリが簡単に開発が出来ることで、2016年の大統領選挙の際に
ケンブリッジ・アナレティカがアプリを使って巧みにフェイスブック・ユーザーの個人情報を盗んだのと同様に、
アプリを通じてデジタル・ウォレットにアクセスされる可能性があるということ。
加えて表向きにはリブラを使用した支払い情報がカリブラという独立した子会社でのみ管理されるとは言え、
これまでフェイスブックが行ってきた個人情報の悪用を思えば、「それが子会社に移行しただけでは信用できない」というのが現時点での大半の見解。
フェイスブック・ユーザーの間でも、「自分の写真や交友関係は便利を優先させてフェイスブックの手に委ねても、
経済情報や支払い&送金記録まで知られるのは恐ろしい」という声が圧倒的。
さらにはリブラによってフェイスブックのパワーと影響力が益々大きくなることを危惧する声も多いのだった。
クリプトカレンシー・コミュニティのリブラに対するリアクションは、「リブラが世界で20億人と言われるフェイスブック・ユーザーに
クリプトカレンシーに馴染むきっかけを与える」と歓迎する声と、「リブラはクリプトカレンシーのコンセプトに全く相反する
センタライズ(中央集権型)・トークン」として批判する意見に分かれているのが実情。
中には「リベラを使ってその悪質さが分かれば、企業や政府にコントロールされることがないビットコインやイーサリアムの本当の価値が分かるはず」という
ネガティブな歓迎ムードも見られるけれど、業界のメジャー・プレーヤー達はリベラに対して 金儲け主義のアルトコインに使われる”$hit Coin (糞コイン)” というレッテルを貼って
一様に批判しているのだった。
その一方で、フェイスブックがここまで多数の大企業を巻き込んだクリプトカレンシーを発表したことに驚いて、
対応に追われているのが世界各国の政府。
下院のファイナンシャル・コミッティは、「フェイスブックが公聴会に応じて疑問点をクリアにするまでは、
プロジェクトを進めるべきではない」と提言。また上院のバンキング・コミッティはその公聴会を日程を既に7月16日に予定しており、
いずれもフェイスブックが正式の手続きを踏まずして、銀行の代わりになろうとしていること、
それに伴いマネー・ロンダリング等のリスクが生じることに難色を示しているのだった。
同様のリアクションはイギリス、フランスを含むEU諸国にも見られていて、お披露目2日後にはリブラの
禁止を掲げる政府もある状況。
クリプトカレンシーのコミュニティが 「リブラが真のクリプトではない」と批判するのも、政府による規制や禁止が可能であることで、
ビットコインならばアルゼンチン、中国、ヴェネズエラといった政府が禁止を打ち出しても、
国民の所有や取引を止めさせることは不可能。誰もが自分の意思で自分の財産を所有し、それが政府による
没収や課税の対象になり得ないのがクリプトカレンシーで、それがクリプトに投資をする最大の利点なのだった。
その意味でリベラは 今後フェイスブック・ユーザーに普及して 銀行システムに取って替わることがあったとしても、
これまでの中央集権型の金融システムはそのままで、プレーヤーが入れ替わるだけ。
実際にリブラ・アソシエーションのメンバーになった企業の多くは、ロビー活動を通じて世界各国の政府に影響力を持つことから、
それが実用化までに100社に増えた場合にはそのパワーが更に増すのは目に見えていること。
とは言ってもグーグルがグーグル・プレイで大失敗し、アップルが一向に普及しないアップルペイで苦戦を強いられているように、
ユーザーが多ければ成功する訳ではないというのもまた事実で、
実用化されてみるまでは 人々がどう反応するかが全く分からないのがリブラ。
でも2020年前半からの実用化というタイミングは、明らかに東京オリンピックで世界中の通貨が行き来するニーズを見込んだもの。
この時に手数料無しの簡単な国際送金の手段としてリブラが活用された場合には、
その普及に勢いがつく可能性は大。
オリンピックで活用されなかったとしても、銀行口座が持てない国外の家族への送金に
これまで5〜7%の手数料を支払っていたことを思えば、その安価な代替手段となるのは確実視されているのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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