June 3 〜 June 9 2019

”The Real-Life Story of Injustice”
再び脚光を浴びた30年前のNYのあの事件、
Netflix & ソーシャル・メディア時代の新たなリアクション



今週のアメリカで多くの報道時間が割かれていたのが、今から30年前、1989年4月19日に セントラル・パークで起こったレイプ暴行事件。 被害者は公園をジョギングしていた白人女性で、これは”セントラル・パーク・ジョガー事件”として、ニューヨーカーならずも 多くの人々の記憶に残っている有名な事件。
今週何故この事件に関する報道が盛んに行われたかと言えば、 5月31日にプレミアとなったネットフリックスの全4話のミニシリーズ「When They See Us / ホエン・ゼイ・シー・アス」で同事件の全容が再び描かれ、 ソーシャル・メディア上で大反響を巻き起こしたため。 ネットフリックスの視聴者のマジョリティを占めるミレニアル世代にとっては、事件は彼らが生まれる前の出来事。 ミニシリーズによって事件について初めて知った若い層からはショックと怒りのリアクションが見られた一方で、 事件を覚えている世代にとっては人種差別、メディア、政治、警察、世論が絡んだこの事件の歴史的特殊性を 改めて実感したのが今週なのだった。

「When They See Us」の監督を務めたエイヴァ・デュヴァーネイ(写真下左)は、 2014年公開の映画「Selma(グローリー/明日への行進)」で、1965年のマーティン・ルーサー・キング・ジュニアによる セルマからモンゴメリーへの行進を描き、 アカデミー賞作品賞にアフリカ系アメリカ人女性として初めてノミネートされた監督。 2016年には奴隷制廃止を謳った合衆国憲法修正第13条に関する長編ドキュメンタリー「13th」を手掛け、 やはりアカデミー賞のドキュメンタリー部門にノミネートされているのだった。






事件について簡単に説明すると、前述の通りこれが起こったのは1989年4月19日の午後9時前、セントラル・パークの102丁目付近。 レイプと暴行を受けて血だらけの状態でパトロール中の警察に発見されたのがジョギングをしていた当時28歳の白人女性。 頭部を石で殴られ、出血で75%の血液を失った被害者は その後12日間意識不明の重体となり、意識が回復した後も事件のことは全く覚えていない状況。
同じ夜のセントラル・パークには約30人のアフリカ系アメリカ人、ヒスパニックのティーンエイジャーが徘徊し、 パーク内で サイクリングやジョギングをする人々に対する強盗や暴力、嫌がらせを働いており、 こうしたマイノリティ人種のティーン・グループによる非行ぶりは 当時 ”ワイルディング” と呼ばれていたのだった。
警察は レイプ被害者が発見される前に この夜連行されていた2人の少年、その翌日からの取り調べによって浮上した3人を含む 14〜16歳のアフリカ系アメリカ人4人、ヒスパニック系1人の計5人を事件の容疑者として逮捕。 程なくこの5人は メディアから「セントラル・パーク・ファイブ」と呼ばれるようになるのだった。

この時点では法医学というものが事件捜査には深く関わっておらず、アメリカにおいて法医学による初の有罪が確定したのは1987年のこと。 DNAのデータバンクがニューヨークで機能し始めたのは1996年のこと。 したがってDNA証拠が不在であったのはもちろん、彼らの犯罪を立証する状況証拠もなく、 セントラル・パーク・ファイブを有罪に導いたのは本人たちの自供。 その尋問は彼らがティーンエイジャーであるにも関わらず 時に親や弁護士の立ち合い無しで、 十分な睡眠時間が与えられない状態で長時間に渡って行われており、 本人たちが後にその自供を取り消しただけでなく、個々の話の辻褄が合わない信頼性に乏しいもの。
にも関わらず 当時のエド・コッチNY市長が「今世紀最悪の犯罪」と呼んだ政治的圧力からニューヨーク市警察(以下NYPD)は事件解決を急ぎ、 その一方で当時「二ューヨークの不動産王」というセレブリティ・ステータスを獲得していた ドナルド・トランプ氏が ニューヨーク・タイムズを含む主要4紙に900万円以上を投じて「人種問題の悪化など気にせずに、 犯罪者を憎むべき。死刑を復活させ、5人の犯人たちを死刑にしろ」という 強烈な意見広告(写真上左)を掲載。白人社会の怒りを大きく煽ったことから、 メディアも世論も彼らが犯人と決めつけ、全員が青少年にも関わらず報道機関はそのフルネームに加えて自宅住所と電話番号まで掲載。 家族への社会的制裁を煽る手助けをしており、セントラル・パーク・ファイブの中にはそんな制裁に耐えかねた家族の説得で 虚偽の供述書にサインしたメンバーもいたほどなのだった。

当時のニューヨークは現在とは異なり、その人口の大半が白人層。 年間の殺人件数が1900 (2018年は289件)、強盗事件も9万3000件(2018年は1万2913件) という 犯罪多発地区で人種間の対立も激しく、特にアフリカ系アメリカ人による白人に対する犯罪は極めて大きな報道ネタ。
容疑者となった5人は選挙を控えた市長、メディア、世論、それらの圧力を受けたNYPDによって 犯してもいない歴史的事件の犯人に仕立て上げられ、それぞれが6〜13年の刑期を終えて出所してからも、 事件の犯人としての社会から偏見や差別との闘いを強いられることになったのだった。




ところが2002年になって、殺人と4件のレイプで終身刑を言い渡された服役囚、マティアス・レイエスが 他の服役囚に事件が彼による単独犯行であることを自慢げに語ったことがきっかけで、 犯人のみが知る事件の全容をレイエスが自供。彼のDNAが現場の精液とマッチしたことが明らかになったのが同年の6月。 しかしながらその時点ではセントラル・パーク・レイプは時効を迎えており、レイエスはその罪に問われることは無かったのだった。
2002年12月にはセントラル・パーク・ファイブに対する有罪判決が覆されたものの、 レイエスの自供とそのDNA証拠が陽の目を見るまでには、威信にかけてニューヨークで最も有名なレイプ事件の判決を覆されたくない NYPD側によるかなりの妨害があったことも伝えられているのだった。
セントラル・パーク・ファイブのうちの3人は翌年2003年にニューヨーク市とNYPDを相手取った損害賠償訴訟を起こし、2004年に勝訴。 しかし4100万ドルの賠償金がようやく5人に支払われたのは、その10年後の2014年12月。 それでもNYPDや検察側からは一切謝罪が行われていないのだった。

この事件については2012年にカンヌ映画祭でプレミアとなった「ザ・セントラル・パーク・ファイブ」というドキュメンタリーが ケン&サラー・バーンズ監督作品として製作されているけれど、 ネットフリックスの「When They See Us」は話題の女性監督が手掛けたドラマ・シリーズで、 ネットフリックスが現在の世の中とカルチャーに及ぼす 影響力を考えるにつけ、そのインパクトに雲泥の差があるのは容易に想像がつくところ。
中でも視聴者の怒りの矛先になったのが NYPDセックス犯罪部の検察官のトップとして、捜査と訴追を指揮したリンダ・フェアスタイン(写真上、左&中央)。 5人を最初から犯人と決めつけた彼女の数々の発言が、セントラル・パーク・ファイブに対するメディア報道を煽ったことは当時から伝えられていたこと。 1947年生まれで現在72歳のフェアスタインは、ニューヨークのスター検察官であった時代から犯罪小説の執筆を始め、2002年に辞職してからは 犯罪小説家として 10冊以上のミステリー小説と児童書を執筆。小説と社会貢献で様々なアワードを受賞する傍ら、 マイケル・ジャクソンの児童性的虐待スキャンダルや、 コビー・ブライアントの性的虐待スキャンダルを含む数々の性犯罪のメディア・コンサルタントを務めており、 つい最近では ハーヴィー・ワインスティンに対するセクハラ容疑を訴えた女性被害者の口封じに一役買っていたことが明らかになっているのだった。
フェアスタインが物議を醸した事件を扱ったのはセントラル・パーク・ジョガー事件が初めてではなく、ニューヨークで80年代、90年代に起こった 複数のスキャンダラスな事件の検察官を務めたのが彼女。 「When They See Us」の中でフェアスタインを演じるのは、奇しくもこの春、全米を揺るがせた大学不正入学スキャンダルで娘のGPAスコアを お金を払って改ざんさせた罪を認め、現在刑の言い渡しを待つフェリシティ・ホフマン(写真上、右)。
フェアスタインは2002年にセントラル・パーク・ファイブの有罪判決が覆された後も、 物的&状況証拠ゼロのまま 「5人が何等かの形で事件に関与した」という主張を堂々と繰り広げており、 「When They See Us」の製作に当たって、エイヴァ・デュヴァーネイ監督がコンタクトした際には その中で描かれる自分のイメージのコントロールと、脚本の事前承認を求めたことが報じられているのだった。
「When They See Us」公開後に声明を発表したリンダ・フェアスタインは、シリーズが「フィクション化されたヴァージョンの事件において、 下劣で悪意に満ちた不正確情報で自分を攻撃している」として批判と反発、そして怒りを露わにしているのだった。




しかし時代が変わった30年後に世論とメディア、そして勢い付くと歯止めが掛からないソーシャル・メディアが味方をしているのは セントラル・パーク・ファイブ側。 シリーズが公開された途端に #CancelLindaFairstein(ハッシュタグ・キャンセル・リンダ・フェアステイン) がトレンディングとなり、 彼女のソーシャル・メディアにバッシングのメッセージが溢れたことから、 彼女はアカウントを全てクローズ。
また彼女が執筆した犯罪小説の出版社に対しては、その出版と取扱い停止を求める署名運動が起こり、 僅か数日で 集まった署名数は11万1,000以上。これを受けて今週金曜には出版社がその停止処分を決定しているのだった。 さらに今週にはリンダ・フェアスティンが役員を務める複数のチャリティへの寄付停止の呼びかけもスタート。これを受けて フェアスティンは少なくとも2つのチャリティ役員に加えて、母校ヴァッサー大学の取締役の辞任に追い込まれているのだった。
セントラル・パーク・ファイブのメンバー、および世論の言い分は、「たとえ30年前の事件であってもリンダ・フェアスティンは自分の犯した過ちを認め、 謝罪と償いをするべき」というもの。そのため今週のこの問題においては、ソーシャル・メディアの過剰反応を咎める風潮は 一切影を潜めていたのだった。

事件の被害者であるセントラル・パーク・ジョガーについては、長きに渡って名前が明かされていなかったものの、 2003年3月にはトリシャ・ミーリーという実名で 「I am the Central Park Jogger」という本を出版。 それによれば彼女は事件で瀕死の重傷を負った5か月後には、スニーカーを履いて再びジョギングを始めていたとのことで、 その本を半分書き上げた段階でマティアス・レイエスが真犯人であったことを知ったという。
著書の中では事件の捜査や裁判からは距離を置く姿勢を見せており、 それよりも彼女が強調していたのは 事件が起こった1989年4月の1週間だけでも 彼女以外にも28人の女性がレイプの被害者になったにも関わらず、 彼女の事件だけが大きくクローズアップされ、それ以外が全く報道されず、直ぐに忘れ去られてしまったこと。 現在は性犯罪サバイバーのシンボルとして、モチベーショナル・スピーカーとなった彼女は その原因を「自分の事件における凶悪性とランダム性」と分析。 彼女がブロンドの白人女性であること、ウェルズリー、イエールという名門大学を卒業し、当時の大手投資銀行ソロモン・ブラザースに勤務していた 裕福なエリートであったことが 彼女の事件をメディアと警察、そして世論が 大きく取沙汰した理由とは全く考えていない様子を窺わせているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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