Mar. 18 〜 Mar. 24 2019

”Hudson Yards, A Billionaire’s Fantasy City!”
ビリオネアのビリオネアによるビリオネアのためのハドソン・ヤードが
ニューヨーカーの悪夢になる日!?



今週のアメリカでは”マーチ・マッドネス”こと NCAA大学バスケットボール選手権が開幕したことから、 ニュース番組におけるスポーツ・ニュースの時間枠が増えていたけれど、 週末になって報道の中心になっていたのが トランプ大統領とロシア政府の2016年大統領選挙における癒着疑惑を捜査していた ロバート・ミューラー特別検察官が、遂に22ヵ月に渡る捜査結果のレポートを司法局に提出したニュース。
このレポートに唯一アクセスできたのが2019年に入ってからトランプ氏が任命したウィリアム・バー司法長官で、彼が日曜に発表した4ページの要約によれば、 ロシアから選挙協力の誘いがあったこと、ロシアによるハッキングやフェイスブックのフェイクポストがトランプ陣営に有利に働いたことを認めながらも、 結論は「トランプ陣営との癒着は無い」というもの。 あえてミューラー検察官が結論を出さなかったのが トランプ氏による司法妨害についてであるものの、 要約を発表する段階で司法長官が 「司法妨害では大統領を訴追しない」意向を示したことから、 勝利宣言をしたのがトランプ氏。 対する民主党側は最初からトランプ氏寄りの司法長官の正当性を疑って、 彼の下院での喚問、及びレポート全文の公開を求めて戦う意向を明らかにしており、 この問題はまだまだ尾を引く様相を見せているのだった。




さて3月15日にファースト・フェイズが一般公開となり、今週末で10日目を迎えたのが250億ドル(約2兆8000億円)を投じた ロックフェラー・センター以来の大開発、ハドソン・ヤーズ。
ハドソン・ヤーズは上のサイトプランにあるビル群で、ファースト・フェイズでオープンしたのはイースタン・ヤードと呼ばれる11番街の東側のエリア。 上の図は黄色い部分がレジデンシャル・ビルディング、オレンジの部分が商業施設、そしてブルーがオフィス・ビルディングで、 オフィス街には ロレアルが本社を移す他、ワーナー・メディア、コーチやケイト・スペードを傘下に収めるタペストリー・ブランド、 インヴェストメント企業の超大手KKR、ボストン・コンサルティング・グループ等が 既にテナント契約をしているとのこと。
パブリック・スクエアの中央に立つのが CUBE New Yorkで既にヴィジティング・ガイドの記事をアップしたヴェッセル。 その正面に位置するのがカルティエ、ロレックスから、バナナ・リパブリック、H&M等、現時点で約80 の小売店と、 シェイクシャック、モモフク、 ミシュラン3つ星シェフ、トーマス・ケラーのTAK ルーム を含む25のレストランが入居する ”ザ・ショップス・アット・ハドソン・ヤーズ”。
レジデンシャル・ビルディングとしては、既に売りに出されて久しい15ハドソン・ヤーズ (写真下中央) が 2ベッドルームのアパートで432万ドル(4億8400万円)、ペントハウスが3200万ドル(35億8400万円)というお値段で、 現時点で 60%買い手がついた状態。 もうすぐ売り出しがスタートする35ハドソン・ヤーズは、高層ビルにも関わらず143ユニットしかないことからも分かる通り、 物件の最低価格が500万ドル(5億6000万円)という 超高額コンドミニアム。
15ハドソン・ヤーズの隣にあるカルチャー・センター”シェッド (写真下左) ” は地上6階建てのインドア&アウトドア・シアターで4月のオープン。 既にビョークからブーツ・ライリーまで 幅広いエンターテイメントや アウトドア・シネマ等のべニューになる予定。 加えてニューヨーク・ファッション・ウィークの誘致も交渉中で、早ければ今年9月に行われる 2020年スプリング・コレクションからの開催が見込まれる状況。 さらにハドソン・ヤーズ敷地内には一泊最低700ドル(税別)のエキノックス・ホテルもオープンすることになっているのだった。






ハドソン・ヤーズはマンハッタンの10番街から12番街の間、30丁目から34丁目にかけて位置する28エーカーという ニューヨーク市ではあり得ないほど大規模な敷地面積の開発プロジェクト。 何故そんな広い土地が未開発で残っていたかと言えば、そこがニューヨークの地下鉄を運営するMTAの電車の駐車場として使用されていたためで、 今もハドソン・ヤーズから眺められるのが そのレイル・デポのエリア(写真上)。
そのレイル・デポの開発権を2008年に10億ドルという超バーゲン価格で買い取ったのが、ハドソン・ヤーズ開発の中心的存在となった リレーテッド・カンパニー。オーナーのスティーブン・M・ロスはビリオネアであり、全米の大開発を手掛ける不動産業界の超大物。 ニューヨークではタイム・ワーナー・センターを手掛けたことで知られるリレーテッドは、全米に展開するエキノックス・ジムのオーナーでもあり、 ハドソン・ヤーズ内のエキノックス・ホテルもリレーテッドの傘下になっているのだった。
リレーテッド社による開発権買い取りに際しては、裏でかなり汚いお金が動いたことは当時ニューヨークのメディアが報じていたことで、 その後ニューヨークの市政府、州政府の出資で 線路を排除して開発可能な状態にする作業が行われただけでなく、 地下鉄7ラインをハドソン・ヤーズまで伸ばす60億ドル プロジェクトも税金で行われたのは ファースト・フェイズのオープンに伴って改めて報道された事実。 加えてリレーテッドを含むハドソン・ヤーズの開発業者や コンドミニアムのバイヤー達は、今年に入ってニューヨーカーが決定を覆させたアマゾン本社とは比較にならないほどの税制優遇措置を受けており、 そのオープンと同時に ニューヨークのローカル・メディアが かなりネガティブ報道をしているのがハドソン・ヤーズ。


ザ・ショップスに入居しているレストランにしても、系列が重視されて ニューヨーカーの好みなど度外視されているというのがフード・クリティックの意見。 早い話がハドソン・ヤーズは ビリオネア・デベロッパーが 政治家に圧力を掛け、 大金持ちをターゲットに、ビリオネア仲間が経営する企業を巻き込んだプロジェクト。 そのせいかハドソン・ヤーズは「ニューヨークというよりも、ドバイのショッピング・モールのよう」というのが 訪れた人々のリアクション。 ハドソン・ヤーズに否定的なニューヨーカーは 「お金があるだけでニューヨークという街の本質を理解しないデベロッパーが ニューヨーク以外に暮らすビリオネアをターゲットに 全くニューヨークらしくないエリアを ニューヨーカーの血税を使って開発した」と厳しく批判しているのだった。
それと同時に ビジネス関係者の間で飛び交っているのが 「果たしてハドソン・ヤーズの小売業がどれだけ潤うのか?」という素朴な疑問。 というのもニューヨークでは ワン・ワールド・トレードセンターと共にファイナンシャル・ディストリクトにオープンしたブルックフィールズ、 地下鉄駅の上にオープンしたオキュルスといった商業施設がいずれも経営難であることが伝えられているため。 すなわちこれだけオンライン・ショッピングが行き渡ったアメリカ、特にショッピングに時間を割かないニューヨークで、 新しい商業施設を作ったからといってニューヨーカーがショッピングをしに店に足を運ぶか?は 誰もが抱く疑問点。
特にザ・ショップスのアンカー・テナントでニューヨーク初出店のニーマン・マーカスは、既にニューヨーク市からオンライン・ショッピングで 年間110億円以上の売り上げを記録しているデパート。にも関わらずニーマン・マーカスが出店の運びとなったのは ハドソン・ヤーズのオフィス・コンプレックスで働くことになる5万人の従業員と 4000人と見込まれる コンドミニアムのリッチな住人のニーズを見込んでのものと言われるのだった。




ハドソン・ヤーズはマンハッタン内の陸の孤島時代が長く続いたために、交通の便が本当に悪いエリア。 したがって地下7ライン1本で オフィス街で働く5万人の従業員と旅行者の足が賄えるかも疑問視する声が聞かれるけれど、 それ以上にハドソン・ヤーズの開発そのものに疑問を抱く人々が指摘するのが、 2012年にニューヨークを襲ったスーパーストーム、”サンディ” 規模のハリケーンに見舞われた場合、真っ先に洪水の被害に見舞われるエリアに 何故何十億ドルも投じたプロジェクトを建設したのかということ。
上左は気象変動による河の水位上昇を考慮した2020年の洪水警告エリアで、水色の部分がカテゴリー3のハリケーンに見舞われた際の危険地帯。 本来このマップは高額不動産開発が危険地帯で起こらないよう、そのリスクを警告するために製作されているもの。 にも関わらずハドソン・ヤーズを始めとする マンハッタンのウォーター・フロント・エリアは再開発の真っ最中。 その謎を解くかのように デブラジオNY市長が今週発表したのが、洪水に備えて河沿いに埋立の公園エリアを作り、それを洪水のバリアにするという 膨大な費用を投じた新プロジェクト(写真上右)。 その金額もさることながら、「河幅を狭めれば その分 水位が上がって 洪水の危険がさらに高まる」ことを学者層が指摘する言わば馬鹿げたプロジェクト。
しかもこれには国からの助成金が出ないとのことで、もし老朽化した地下鉄の修復を後回しにして、 埋立地が建設される場合には またしてもニューヨーカーの血税が使われる見込みであるけれど、 今週発表されたアンケート調査では ニューヨーカーの41%が「レント、物価、税金が高過ぎてもうニューヨークには住めない」と回答している状況。 実際に2018年には 毎日100人以上ニューヨーカーが 州外に移住していたことがデータに現れている有り様。
すなわち もう一般市民の税金からは搾り取れないところまで来ているけれど、 ハドソン・ヤーズのプロジェクトが象徴しているのがニューヨーク市政府が 大企業とメガリッチからは税金を取らず、逆に優遇する姿勢。 なのでこの先、パリのイエロー・ヴェストのような形で市民の不満が高まることがあれば、 真っ先に敵視される存在になりかねないのがハドソン・ヤーズでもあるのだった。


執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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