Mar. 11 〜 Mar. 17 2019

”Helicopter Parenting to New Levels!”
名門大学不正入学スキャンダルが立証した
リッチ&フェイモスのモラル欠落の子育て



今週のアメリカで最も報道時間が割かれていたのが 水曜に FBIによる50人の逮捕者が出た名門大学不正入学スキャンダル。
逮捕者の中には「デス妻」で知られるフェリシティ・ホフマン、「フルハウス」で知られるロリー・ログリンといったハリウッド・スターも含まれ、 前者は約170万円を支払って娘のSATテストの回答を書き替えさせた容疑、後者は約5500万円を支払って 2人の娘をボート競技選手の受け入れ枠でUSCに不正入学させた容疑で起訴処分となっているのだった。
それ以外の逮捕者はニューヨークのトップ弁護士事務所のロイヤーや大手ヘッジファンドのマネージャーなど 大金を支払ってまで我が子をイエール、ジョージタウン大学等の名門に捻じ込もうとしたリッチ&フェイモスの親達に加えて、 不正入学の手助けを公にビジネスとして営み 総額28億円を稼ぎ出していたウィリアム・シンガー、 彼の指示で賄賂を受け取ってスポーツ選手の受け入れ枠を提供していた大学のコーチ等。 特にスポーツ選手の受け入れ枠に入るための書類&資料の作成は、 一度もそのスポーツをしたことが無い子供の顔写真を トップ・プレーヤーの写真にフォトショップで埋め込んだり、 トレーニング記録を偽るなどシステム化されたプロセス。
またSAT、ACTといったナショナル・テストは、本人に代わって頭脳明晰な”替え玉”が 受けることでスコアをアップさせており、出来が悪い子供に代わって何度もSATテストを受けては、 1回に110万円を支払われていた30代の男性も今回の逮捕者の1人。 ちなみにSAT、ACTテストは年間に複数回行われており、目標とする大学のレベルのスコアを上げるまで 複数回受けることが出来るシステムになっているのだった。




このスキャンダルで最も風当たりが強かったのは前述のロリー・ログリン(写真上左、中央)の二女で YouTubeで200万人、 インスタグラムで150万人のフォロワーを持つインフルエンサー、オリヴィア・ジェイド(写真上、右)。 彼女のフルネームはオリヴィア・ジェイド・ジアニューリで父親はカジュアル・ブランド、”モッシモ”の設立者兼デザイナーの モッシモ・ジアニューリ。
高校時代から親の七光りをフル活用してビューティー系の発信をソーシャル・メディアで行ってきた彼女は 自ら勉強嫌い、学校嫌いをビデオの中で語りながらも、何故か入学できたのが名門USC(ユニヴァーシティ・サウス・カリフォルニア)。 そんなエリート大学のインフルエンサーには企業が大金を支払うのは周知の事実で、 彼女はアマゾン、トレジュメといった大手スポンサーを持ち1回のインスタポストで300〜500万円、 1本のYouTubeビデオで最低150万円を稼ぎながら、セフォラとはコラボも行っていた存在。 授業には殆ど出なかった彼女であるものの、 親の逮捕時にはUSCの管財人でビリオネアのリック・カラーソのヨットで、大学の友人たちとバハマ・クルーズを楽しんでおり、 本人がビデオで語る通り 遊びとパーティー三昧の大学生活を送っていたのだった。

その一方で母親のロリー・ログリンはTVインタビューで娘達の名門大学入りを自慢し、 ビバリーヒルズのセレブ・マザーの間でも極めて競争意識が強いことで知られた存在。 その彼女は大学を出ておらず、父親は大学に行っているふりをしながら彼の親から支払われた学費でアパレル・ビジネスを立ち上げており、 2人が娘たちの名門大学進学にこだわったのは「学歴コンプレックス」とも見られているのだった。
でも不正入学がもたらしたのが 「一家のキャリア心中」と言われるまでのダメージ。 オリヴィア・ジェイドはスポンサーがボイコットを恐れてことごとく離れてしまい、彼女のソーシャル・メディア・アカウントにはヘイト&バッシング・メッセージが溢れていた一方で、 ロリー・ログリンはドラマシリーズに出演していたホールマーク・チャンネル、「フルハウス」の復刻版「フラー・ハウス」を製作していたネットフリックという メジャーな収入源から解雇され、自分と夫の保釈金、約2.4億円を支払うために 38億円と言われる豪邸を抵当に入れる有り様。 彼らが5500万円を支払ってまで USCに捻じ込んだ長女で女優のイザベラ・ローズとオリヴィア・ジェイドは、共に大学側の処分を待たずして自己退学。 傷ついたイメージもさることながら、今後起こされる集団訴訟においては賠償責任を負わされる可能性さえあるのだった。




逮捕された親達の中には子供本人に知られないように不正を行っていたケースも多かったようで、 突如自分のSATスコアが30ポイントアップしても何の疑問も抱かない程度の頭脳の我が子を名門校に入れるために 雇われていたのが前述の不正入学請負人、ウィリアム・シンガー(写真上、右)。 彼はそのビジネスをリアリティTVにするためのオーディションを受けていたことが発覚しており、果たしてどの程度 自分のビジネスが違法であると理解していたかが疑問視されているけれど、同様のことは親達も然り。 多くの親達は不正入学と裏口入学の区別がついておらず、それが逮捕されるような違法行為とは思っていないのだった。
その違いは今週アメリカのメディアでも指摘されていて、例えばトランプ大統領の娘婿であるジャレッド・クシュナーは、 高校のGPA、SATの成績は平均以下。その彼をハーバード大学に入学させるために、 クリントン支持者で知られた大手不動産業者の父親が当時のハーバード学長で かつてのクリントン政権下の財務長官、ラリー・サマーズと面会し、 大学に約2億8000万円を寄付したことは有名な話で、これはフェアとは言えなくても裏口入学なので全くの合法。 そもそも私立大学は投資もすれば、利益追求もする 言わば ”企業”なので、多額の寄付や有力なコネクションを得るための枠が用意されているのは 有能なスポーツ選手の受け入れ枠を設けるのと全く同様。
しかしながらそんなスポーツ選手の受け入れ枠に、一度もスポーツをしたこともない学生が書類を偽造して入ったり、 本人以外がテストを受けたり、テストの回答やスコアを改ざんして入学するのは明らかに違法行為。

今回のスキャンダルで恐ろしいのは、親達が子供に知らせずに不正行為を行った理由が子供を違法行為に巻き込みたくなかったからではなく、子供のデリケートな心情を守って ”自力で入学した自信”を持って欲しいと望んでいたこと。 こんな親達の常識を逸脱した過保護ぶりは現在のアメリカには決して珍しくないことで、 ヴァーシティ・サッカー(エリートを選りすぐったチーム)のメンバーに息子が選ばれなかったことを不服として訴訟を起こしたり、 生物の宿題を期限遅れで出した子供の成績がFだったことから 「奨学金のチャンスを失い、人生が狂い、ストレスを被った」として学校を相手取って訴訟を起こした親が居たかと思えば、 金持ちの友達と張り合えるようにと 高校生に新車のアストン・マーティンやマセラティを買い与えたり、 我が子をソーシャルメディア・スターにするために撮影クルーを雇い、コンテンツを買い取る親も居て、 リッチ&フェイモスの「子供のためなら何でもする」という意識がとんでもないレベルにまで達しているのが近年のアメリカ。 今週のメディアでは「こんな親達に育てられた世代が やがて世の中を牛耳るなんて考えたくもない」 といったコメントも聞かれていたのだった。




過去20年のアメリカで物価を遥かに上回る勢いでアップしたのが大学の学費。 どんな大学でも約2800万円の学費が掛かり、アメリカで最も高額なNYU(ニューヨーク大学)ともなれば2016年の段階で5000万円以上。 にも関わらず学費ローンが比較的簡単に組めるようになって飛躍的にアップしたのが入学志願者数で、 アイヴィリーグに代表される一流大学を好成績で卒業すれば、道が開けるのが一流企業への就職やサクセス。 それを目指す大勢の優秀な学生が凌ぎを削るのが現在のアメリカの大学入試で、どんなに優秀でも入れない狭き門になっているのが一流校。 そして入学してからも成績をトップに保ち、夏休みはインターンをして実務経験を積み、 ボランティアや就学中の起業等の課外活動でレジュメをグレードアップして臨むのがジョブ・ハンティング。なので 日本の大学生とは比較にならないほど勉学に勤しんで、即戦力になって社会に出て行くのがアメリカのエリート達。
それだけに今回のスキャンダルは、そんな真面目に努力して自分の人生を切り開こうとしていた学生達やその親達から猛烈な怒りを買っていたけれど、 不正を行っていたリッチ&フェイモスの親達が子供達を名門校に入れたがる理由はエリートの肩書やプライドもさることながら、 もっぱら大学時代に得られる人脈。それほど社会に出て物を言うのがエリート人脈で、彼らはそのパワーを熟知しているのだった。 ウィリアム・シンガーは今週の逮捕者以外にも約800人の親達のために不正入学の手助けをしており、今後も増える見込みなのが逮捕者、および 不正入学に関わった大学。
ところでFBI が何故この事件の捜査に乗り出したかと言えば、全く別の金融不正事件で取り調べを受けていた男性が 司法取引のネタとして組織的な大学不正入学の実態を明かしたのがきっかけ。 アメリカの司法制度では より悪質な犯罪を取り締まるために、その証拠や証言と引き換えに 取り調べ中の容疑を減刑をする取引が成立するのはごく一般的なこと。 今週逮捕された多くの親達とは異なり、金融不正を働いた男性には 不正入学が犯罪であると認識するだけのモラルがあったというのは何とも皮肉な話なのだった。


執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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