Aug. 5 〜 Aug. 11 2019
アンチ・トランプ派のボイコットは過剰反応か? ムーブメントか?
今週のアメリカのメディアでは先週末の土曜と日曜にテキサス州エルパソ、オハイオ州デイトンでそれぞれ起こった銃乱射事件の報道が大半を占めていたけれど、
アメリカで2019年に入ってから1日1件を上回るペースで起こっているのが銃撃事件。
エルパソの事件がヒスパニック系移民に対するヘイト・クライムであったことから、
今週大きく問題視されたのがトランプ政権下で勢いづいた白人至上主義とその人種差別、そしてこれだけの犠牲者を出しても
一向に進まない銃規制について。人種差別については「トランプ大統領の発言が、国民を分断している」という意見が圧倒的で、
オバマ前大統領も週明けにトランプ氏の名指しを避けながらも ”国のリーダーによる人種差別発言現”を批判する声明を発表したほど。
その一方でアメリカは人口が世界の4.2%に過ぎないにも関わらず、世界に存在する銃の45.9%を所持しているという異常なまでの銃社会。
合衆国憲法第二条で「武器による自衛の権利」が認められているとは言え、昨今では自衛目的を通り越して
AK47のような戦闘用の銃の人気がどんどん高まっている状況。オハイオの事件では僅か30秒の間に
41の銃弾が発砲されており、そんな戦闘用の銃の方が殺傷力が強いことは言うまでもないのだった。
また今週の半ばには通称ICEと呼ばれるイミグレーション・カスタム・エンフォースメントが、ミシシッピー州の複数の食品工場で働いていた700人の不法移民を逮捕。
このアメリカ史上最大規模の”不法移民狩り” によって、いきなり親を失って泣き叫ぶ子供達の様子が国民の反感を買っており、
アンチ・トランプ派の反トランプ感情が今までになく高まっていたのが今週。
そんな中で報じられたのが、ニューヨークのビリオネアでトランプ氏と40年の交友関係があるスティーブン・ロス(79歳)が、
週末にハンプトンでトランプ大統領のための寄付金集めのパーティーを行うというニュース。
スティーブン・ロスはNFLマイアミ・ドルフィンズのマジョリティ・オーナーでもあり、
その主要ビジネスは不動産開発。彼が経営するリレーテッドという企業はニューヨークではタイム・ワーナー・センター、この春第一フェイズがオープンしたハドソン・ヤーズを
手掛けた存在。2005年からは全米の主要都市に展開するラグジュアリー・ジム・チェーン、エキノックスを買収しており、
その系列のピュア・ヨガ、その後 買収したスピニング・スタジオのソウルサイクルで、アメリカの中流階級以上のジム・メンバーシップの大半を牛耳っている存在。
今年春には ハドソン・ヤーズ内に世界最大規模のエキノックス・ジム&スパと共に エキノックス・ホテルをオープン。ラグジュアリー・ホテル業界にも参入しているのだった。
そのスティーブン・ロスによるトランプ大統領のためのファンドレイジングが報じられた途端に、今週ソーシャル・メディア上で大きく広がったのが
エキノックスとソウルサイクルのボイコット運動。
このボイコットを最初にプロモートしたのはモデルのクリシー・ティーガンを始めとする ソウルサイクルに通っていたアンチ・トランプ派のセレブリティで、
近年のハリウッド映画やドラマに頻繁にソウル・サイクルでのエクササイズ・シーンが登場することからも分かる通り、
デヴィッド&ヴィクトリア・ベッカム、ブラッドリー・クーパー等、数多くのセレブリティご用達で知られるのがソウルサイクル。
そのエキノックスとソウルサイクルがターゲットにする都市部の富裕層と言えばリベラル派、すなわちアンチ・トランプ派であることから、
今週は自分が通うジムのオーナーが トランプ支持者、共和党献金者を通り越して、ファンドレイザーを主催するほどに
トランプ氏と親しい事実にショックを受けた人々は多かったのだった。
もちろんその中には自分が支払うジムのフィーがトランプ政権の献金の一部、トランプ氏を熱烈にサポートする人間の収入になることを嫌って
ボイコットの呼び掛け通りにメンバーシップをキャンセルをした人々も多く、それを受けてエキノックスとソウルサイクルは共に
スティーブン・ロスの政治思想がビジネスとは無関係であることを強調する声明を発表。
ダメージ・コントロールに追われていたのだった。
私が今週スティーブン・ロスの政財界におけるパワーを実感したのは、様々なメディアがこのボイコットを伝えながらも鎮静化を促す報道をしていたこと。
NBCニュースは、「今年の独立記念日にナイキが発売を予定していたスニーカーが人種差別に当たるという指摘をリベラル派から受けて発売を取り止めたことから、
逆にトランプ大統領を含む保守派からボイコットを受けたものの、それが売り上げには響くことは無かった」と報じてボイコットが無意味であることを訴えていたけれど、
トランプ支持の保守派はナイキの購買層ではない事実を踏まえると、これは紛れもないフェイクニュース。
その一方でフード関連のメディアが掲載したのが、スティーブン・ロスがニューヨークの人気シェフ、デヴィッド・チャンが経営するモモフクのインヴェスターであることを挙げて、
「スティーブン・ロスをボイコットするなら、モモフク系列のレストランにも行けなくなる」という記事。
それによっていきなり引き合いに出されたデビッド・チャンは「スティーブン・ロスの政治思想は自分の考えとは異なる」として、
ファンドレイザーのキャンセルをスティーブン・ロスに呼びかける声明を発表。
同様にワシントンDCのトランプ・ホテルへの出店を断ったほどのアンチ・トランプ派で知られるシェフで、
スティーブン・ロスの出資でハドソン・ヤーズ内に出店したホゼ・アンドレスも、やはりファンドレイザーのキャンセルを呼び掛けていたのだった。
そのスティーブン・ロスがハンプトンの40億円の邸宅で行ったファンドレイザーの招待客は300人で、
チケット価格は最低が10万ドル、多くが25万ドル。これはアメリカの平均的な年収の5万9000ドルの4倍以上の金額。
でもアメリカのトップの富裕層にとって25万ドルがどんなお金であるかと言えば、例えば自分のバースデー・パーティーにスーパーモデルのケンドール・ジェナを呼んで、
30分ほどその場で一緒に写真を撮影したり、ドリンクを飲みながら談笑してもらうために支払う金額。
要するにスペシャル・オケージョンに支払うのが25万ドルの出費で、
庶民とは金銭感覚が異なる富裕層ほど トランプ政権の大幅減税措置等で恩恵を受けているのは言うまでもないこと。
メディアは今週のエキノックス&ソウルサイクルのボイコットを 単なる ”アンチトランプ派による過剰反応”として片付けようとしていたけれど、
実際にはリベラル派が腹を立てていたのはもっと深いレベルで、
一部の大富豪がお金で簡単に動く政権と更に深く結びつくことが最も懸念されていたのだった。
そのトランプ氏は金曜にハンプトンで行われた2つのファンドレイジングとアフター・パーティーで、
1200万ドルの献金を集めた計算になるのだった。
現在79歳のスティーブン・ロスが、65歳の時点でエキノックスのようなジム・ビジネスを買収するに至ったのは、
エキノックスに不動産物件を提供するうちに取締役会のメンバーになったのがきっかけ。
やがてその経営アドバイスをするうちに、ラグジュアリー・ジムのビジネスの可能性を実感した彼が企業ごと買い取ったのが2005年のこと。
今やスティーブン・ロスが掲げるスローガンは「Health is New Wealth / ヘルス・イズ・ニュー・ウェルス」。すなわち ”健康は財産であり、
健康にお金が掛けられることこそが豊かさ” というもの。 それを反映して現在 マンハッタンとブルックリンで35ヵ所を擁するエキノックスのメンバーシップ・フィーは、
ロケーションによって異なるものの月々160〜250ドルで、イニシエーション・フィーが200〜300ドル。
ハドソン・ヤーズなど、ニューヨークのラグジュアリーなロケーションが複数利用出来るEメンバーシップになると、月々のフィーが500ドルで イニシエーション・フィーが750ドル。
最高レベルのメンバーシップである”X” になると、イニシエーションフィーを含めた年会費の一括払いでその金額は2万3,620ドル。
地方の一軒家の頭金のようなお値段。
ソウル・サイクルの方はワークアウトをセッションで購入するシステムで、1セッションのフィーがシューズのレンタルを含めて大体42ドル。
これを安いと思うか高いと思うかは収入レベルに加えて、どれだけ頻繁に通うかで決まってくるのだった。
週末にはファンドレイジングが行われたハンプトンやロサンジェルスで、エキノックスとソウルサイクルに対するボイコットの呼びかけを兼ねた
トランプ政権への抗議デモが行われていたけれど、
そもそもボイコットというのは無くては困るものに対して行うものではなくて、先週のコラムに書いた私にとってのUberのように、
無くても良いものをあえて利用しないために行うためのもの。
今週 エキノックスやソウルサイクルのボイコットのバンドワゴンに乗ったのは、特に熱心にこれらに通っていなかったと思しき人達。
人間というのは”好きでたまらない”、”どうしても必要”、もしくは”絶対諦められないもの” に対しては 常に建て前を曲げられるモラル・フレキシブルな生き物で、
本当に必要であれば たとえオーナーがトランプ氏自身でも理由をつけながら これらに通い続けるはずなのだった。
すなわち ボイコット運動というのは主要な客層が行うものではないので、メディアが騒ぐ割にはビジネスにはさほど影響しないもの。
でもその唯一の例外と言えるのがジム。 ワークアウトをセッションごとに購入するソウルサイクルとは異なり、
純然たるジムであるエキノックスは「月々のフィーが自動で支払われるけれど、週に1度行くか、行かないか」という人々のお陰で経営が潤うビジネス。
したがって そんな利用者が今週の報道をきっかけにメンバーシップをキャンセル、もしくは更新しないトレンドが広まった場合には、
表向きにはこれまで通りに人々がエキノックスでワークアウトを続けているように見えても、徐々に経営が悪化していくことが見込まれるのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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