May 13 〜 May 19 2019
アメリカを大きく変える!?今週の3つの出来事
中国がトランプ大統領の関税政策に対して報復措置を明らかにしたことを受けて、
月曜にNYダウが過去4か月で最悪の617.38ポイント下落して幕を開けた今週のアメリカ。
その中国との貿易戦争は止まる気配はなく、
「長年の中国との貿易不均衡をここで是正する」というトランプ氏の政策に対する世論は賛否両論。
そのトランプ氏が中国への輸出が出来ず存亡の危機に瀕する大豆生産農家の補助を打ち出したことから、
複数の作物を生産する農家が ”大豆だけの生産に切り替える” といった事態が起こりつつあり、
農作物の偏りを危惧する声も聞かれる状況。
経済専門家は今回の関税措置によるアメリカの1世帯当たりの出費の増加は
年間で約700ドルと見積もっているけれど、先週打ち出された関税引き上げの影響はまだ物価には現れていないだけに、
夏に向けて必要なエアコンやキッチン・アプライアンス、コンピューターなどの高額品を早めに購入することで
家計のダメージが幾分抑えられるとアドバイスしているのだった。
加えて医療器具や医療サプライの値上がりも見込まれていることから、ただでさえ高額な
アメリカの医療費をさらに吊り上げることも見込まれるのだった。
でも今週のアメリカで最大の報道になっていたのは、アラバマ州で人工妊娠中絶を事実上犯罪と見なす法律が制定されたのに続いて、
ミズーリ州でも共和党の男性議員のみの賛成票による24対11で、妊娠8週間以上の中絶を禁止する法律が可決。
キリスト教保守派が共和党を支持する州を中心に、人工妊娠中絶を合憲とした1973年の最高裁の判断を覆す動きが
ここへ来て大きく盛り上がっているというニュース。
それ以外にルイジアナ州も胎児の鼓動が聞き取れる妊娠後6週間以降の人工中絶を禁止する法案を可決しており、6週間というのは
多くの女性が妊娠していることさえ気づかない段階。
特に今週、州知事が正式に法令化にサインしたアラバマ州の法律はレイプや近親相姦でも人工中絶が許されず、唯一例外を認めているのは
母体に生命の危険があるケースのみ。中絶を行った医師に対しては99年の禁固刑、すなわち終身刑が言い渡されるという
極めて厳しい法律。
これに対しては共和党保守派の中からも「厳し過ぎる」との指摘が聞かれるほどであるものの、
アラバマ政府は この州法が合衆国憲法違反と見なされて 連邦最高裁で争う事態に発展すれば、トランプ大統領の指名により
保守派判事が多数を占める現在の最高裁で 人工中絶合法を覆すことが出来ると見込んでのもの。
リベラル派にとっては 何故21世紀にもなっても女性の人権を脅かし、社会進出を阻む法律に逆戻りしなければならないのかが不思議でさえあるけれど、
2016年の大統領選挙の際にも「Pro Life」というスローガンを掲げた人工中絶反対派が
「最高裁に保守派判事を送り込む」と宣言したトランプ氏を圧倒的に支持したのは周知の事実。
そのためトランプ大統領選出後は、保守派の州を中心に人工中絶禁止のムーブメントが高まりを見せているけれど、
そんな中絶に反対する保守派の州ほど多いのがティーンエイジ・マザー。そしてその63%が社会保護を受ける貧困層。
またアメリカ全体では貧困層の30%を占めるのがシングル・マザー。
要するに「妊娠したら産まなければならない」という法律は、女性の高等教育や社会進出を阻むと同時に、
一生の経済レベルに打撃をもたらすとさえ指摘されるのだった。
いずれにしてもアメリカで人工中絶禁止のムーブメントがここまでの盛り上がりを見せたのは1990年代初頭以来のこと。
当時は中絶クリニックのドクターの暗殺リストが出回り、実際に婦人科医が中絶反対派に射殺されたり、
中絶クリニックが放火される事件が相次いでいたのだった。
しかしながらその1990年代からアメリカ社会で顕著になったのが犯罪の減少。
これは中絶合法化によって親に望まれない子供が生まれなくなったためと指摘されており、
1990年は 1973年に生まれた子供達が17歳に達する年であり、青少年が犯罪を犯すようになるのもこの年齢。
したがって人工中絶はその論点になっている胎児の命や女性の権利だけの問題では決してないのもまた事実なのだった。
一方、今週提案されたのが新しい移民法改正案。
その中で打ち出されたのが メリットベースの合法移民受け入れシステムの導入。
現時点では永久VISAであるグリーンカードを取得する移民の66%が結婚を含むファミリーをスポンサーにしてのもの。
そんな芋づる式のグリーンカード取得に反対する大統領が打ち出した
新たな改正案はアメリカの国益、すなわちメリットベースの審査に切り替えるシステム。
それによればグリーンカード申請者が受けるのはポイント制のシビック(市民)テスト。
ポイントの内訳は財産、教育レベルや仕事の実技、何等かの功績、年齢、英語力、仕事のオファーがあるかといったもの。
これにはドリーマーズと呼ばれる、親に連れられて子供時代にアメリカにやってきた世代、
すなわち自分の意思とは無関係に不法移民にならざるを得なかったジェネレーションは対象外。
すなわち英語が堪能で頭脳明晰であってもメリットベースのシステムの恩恵が受けられないのが彼らなのだった。
この改正案によって トランプ政権が守ろうと謳っているのは、大統領の支持基盤である
低所得、低学歴のアメリカ国民の仕事で、彼らと仕事を争わない有能、もしくは裕福な移民の受け入れを行うのがこのシステム。
しかし実際にはアメリカ社会で必要とされているのは都市部、地方に関わらず、
アメリカ人がやりたがらない仕事を低賃金で真面目にこなす移民の労働力。
有能、もしくは裕福な移民を受け入れれば、やがてはそれらの移民が大学受験においてアメリカ人学生と入学枠を争うことが見込まれるけれど、
そうなった場合に影響を与えるのが今週報じられた次の新システムなのだった。
アメリカで毎年200万人が大学入試のために受けるのが、共通一次に当たるSATテスト。
今週報じられたのは、そのSATテストに”アドバーシティ・スコア” が加わるという新しいシステム導入のニュース。
アドバーシティとは逆境と訳されるけれど、
ここで意味するのは学生の置かれた環境のハンディキャップのこと。
具体的には居住区の治安、ハイスクールの教育レベルや施設を含めたクォリティ、家族の経済状態。
要するに「同じ学力ならば 治安が悪い居住区で犯罪を危惧しながら、レベルが低く施設が不十分な高校で学んだ 貧困家庭出身の学生の方が、
高級住宅街で安全に暮らし、施設が整った私立校に通い、学校の授業で不十分な場合には
親が大学受験専門のテューター(家庭教師)を雇ってくれる学生よりも 評価されるべき」という見地から、
前者を有利にするための ”逆境”スコアを加えるというもの。
アドバーシティ・スコア導入の目的は 能力をフェアに考慮し、より幅広い層を大学に受け入れることで、
スコアは一切公表されることが無いのだった。
また人種はそのスコアの対象にならないため、
入学生の受け入れにおいて人種のバランスを考慮しなければならないアファーマティブ・アクションとは全く別のもの。
既に2018年に 50の大学でトライアルベースで実施された”アドバーシティ・スコア” 導入は、
今年には150校に増え、来年にはさらにその数が増えることになっているのだった。
大学不正入学スキャンダルが大きく報じられ、セレブリティや大金持ちの子供達がお金を積めば一流大学に入学出来てしまうことが
明るみに出たばかりのアメリカだけに、”アドバーシティ・スコア” を歓迎する声が聞かれる一方で、
そのシステムの不明瞭さに疑問を唱える声が多いのも実情。
もしメリットベースの移民政策が実施され、学力レベルの高い移民を受け入れた場合に見込まれるのが
”アドバーシティ・スコア”によって移民学生が有利になる可能性。
とは言ってもその不明瞭なポイント制が「裕福な学生が優遇されている訳ではない」という大義名分を与えると同時に、
貧困層の優秀な学生の実力が そのポイントを理由に過小評価されるリスクも否定できないのだった。
今週の人工中絶禁止への動き、メリット・ベースの移民改正法、アドバーシティ・スコアの導入という3つの出来事は
長い目でアメリカ社会を捉えた場合に、確実に貧困層がその状況に甘んじるようにデザインされたもの。
しかしながら貧困層ほどこれらを支持しているというのは、悲しいパラドックスと言えるのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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