May 6 〜 May 12 2019

”Fake It Till You Make It?”
ドイツの令嬢を装ってNYのハイソサエティを欺いた
ロシア人トラック運転手の娘が迎えた結末



今週のアメリカでは徐々にきな臭くなるイラン情勢に加えて、引き続き強気のトランプ大統領が 中国からの輸入品に対する関税を25%に引き上げて、中国と本格的な貿易戦争に入ることが危惧されていたけれど、 この25%の関税を支払うことになるのは言うまでもなくアメリカ国民。 アメリカ人の生活には家具からコンピューター、シャンプーに至るまで、メイド・イン・チャイナの製品が溢れているだけでなく、 メイド・インUSAの製品を作る企業にとってもメイド・イン・チャイナの部品を買わなければ生産が出来ない訳で、 今後の更なる物価の上昇が懸念されているのだった。
その一方でメディアでは中国のシー・ジンピン国家主席だけでなく、世界各国の首脳達が トランプ氏がその著書「アート・オブ・ディール」にも書いた決して譲らない強硬姿勢を 対アメリカのあらゆる交渉で見せるようになってきたことを指摘しており、 今後は国際協調がどんどん影を潜める気配を窺わせているのだった。




そんな中、5月10日金曜日にニューヨーク・ポスト紙が第一面で報じたのが アナ・デルヴェイと名乗り、数々の詐欺行為を働いたフェイク・ソーシャライト 、アナ・ソロキンに対して 有罪判決が下されたニュース。一時はニューヨークのハイソサエティでのみ知られたアナ・ソロキンの存在が 全米で広く知られるようになったのは 様々なメインストリーム・メディアが彼女の詐欺罪を大きく報道したのがきっかけ。
今年28歳のアナ・ソロキンはロシア出身で、父親はトラック・ドライバー。 彼女の家族は2007年にドイツのエシュウェイラーに渡り、そこで2011年に高校を卒業した彼女は 2012年からベルリンのファッションPR会社にインターンとして勤務。翌年2013年にはパリに移り住み、 ハイエンド・アート・マガジン『パープル』でインターンとして働き始め、この段階でアナ・デルヴェイと名乗るようになったという。 そしてこの年秋のパリのファッション・ウィークのアフター・パーティーではアライアと思しきドレスを着用して 既にソーシャライトの一員を装ってスナップされているのだった。
そんな彼女のスナップを集めたインスタグラム@annadelvey (後に@annadlvvに変更)は、その後3年間にフォロワーの数を4万人にまで増やしているけれど、 果たしてそれがオーガニックなフォロワーか、お金で買ったフォロワーかは不明。 その後アメリカに渡った彼女は、移住直後はもっぱら友人宅を転々と滞在。やがてはWホテルやマンハッタン西側を走る遊歩道、 ハイライン南端にそびえるスタンダード・ホテルなどに滞在しては、その宿泊費を踏み倒すようになっていくのだった。
自らを6700万ドル(約74億円)のトラストファンド(信託基金)の支払いを待つドイツの令嬢と名乗っていた彼女は、 コンテンポラリー・アートを集めたダイナミックなビジュアル・アート・センターとプライベート・アート・クラブを設立すると 振れ回っており、 そのクラブは ”アナ・デルヴェイ・ファンデーション”というネーミング。ロケーションとして彼女が白羽の矢を立てたのは パーク・アヴェニュー・サウス、22丁目にあるランドマーク・ビルディングのチャーチ・ミッション・ハウス。 1905年に建設された由緒あるビルディング内にアート・エキジビジョン・スペース、ポップアップ・ショップ、レストラン、バー、 そしてラグジュリアスでエクスクルーシブなメンバー制クラブのコンプレックスを設立するというのが彼女のプラン。 アナ自身はプライベート・クラブを「ソーホー・ハウスのアート&アップスケール版」と説明し、 「将来的にはロサンジェルス、ロンドン、香港、ドバイにもブランチを展開する」とその展望を語っていたのだった。

彼女がそのアートセンター&プライベート・クラブの設立に向けて本格的に活動を始めたのは2016年のこと。 様々なパーティーやイベントに姿を見せては、時に気前良く請求の支払いをする彼女は、 セリーヌのサングラス、グッチのローファー・サンダル、シュプリームのトラック・スーツといったブランド物を身につけながらも、 そのスタイルは極めてカジュアルで、トレンディというよりもむしろ野暮ったい印象。 にも関わらず彼女が大富豪の令嬢を装うことが出来たのはその堂々たる立ち居振る舞い。
フェイスブックのCEO、マーク・ザッカーバーグが世界有数のビリオネアになってもフーディーを着用しているように、 「大金持ちであれば、大金持ちに見える必要は無い」というのはメガ・リッチにありがちなメンタリティ。 彼女をリッチに見せていたのは そんな周囲の価値観を気に掛けない態度に加えて、金離れの良さや行きつけの店&滞在先のホテルから受ける好待遇で、 それを社交にもビジネスでも巧みに利用していたのだった。。
2017年に入ってからはソーホーの北の外れに位置するブティック・ホテル、11ハワード・ストリートに滞在するようになったアナは クレジット・カード情報さえ提示することなく 大富豪の令嬢としてホテルの住人となり、 ホテル内のミシュラン・スター・レストラン、ル・クク(写真上右)で頻繁に社交とビジネスのディナーをホスト。 シェフのダニエル・ローズとも親しくなり、メニューに載っていない料理が彼女のためにサーヴィングされていたのだった。

その一方でアナはアートセンター&プライベート・クラブの設立資金を得るために銀行から2200万ドル(約24億円)のローンを組もうと試み、 彼女の6700万ドルの財産を保障したUBSからのレターを偽造。 まずはマンハッタンのプライベート・エクイティ・ファンド、フォートレスにローンを申し込んだところ、バックグラウンド調査の費用として 10万ドルの払い込みを求められたという。 そこで彼女は同じレターを使ってシティ・ナショナル・バンクに掛け合い2200万ドルのローンは受けられなかったものの、10万ドルのローンを獲得。 それをフォートレスに支払って バックグラウンド調査を依頼。しかしフォートレスが4万5000ドルを調査に費やした段階で 「もうローンは必要ない」と残りの5万5000ドルの払い戻しを受けており、その後ほぼ1ヵ月で全額を使い果たしているのだった。
出費の内訳はクリスチャン・ザモーラのサロンでの400ドルのアイラッシュ・エクステンション、マリー・ロビンソン・サロンでのヘアカラーやハイライト、 そしてサリー・ハーシュバーガー・サロンでのヘア・カット等、リッチなクライアント・リストで知られるサロンでのトリートメントに加えて、 パーソナル・トレーナー・セッションにトータル4500ドル、友人達とナイトアウトやビジネス・ミーティングの度に支払う 食事やドリンク代、そして滞在先である 11ハワード・ストリートのスタッフへの気前の良いチップやギフトであったという。




スタッフがアナの気前の良いチップやギフトの恩恵を受けていたとは言え、さすがに11ハワード・ストリート側も彼女の滞在費、 および彼女がビジネス&プライベートで頻繁に使っていたル・ククでの飲食代、 ホテル内のラウンジでのドリンクのツケの総額が3万ルに達した2017年3月の段階でその支払いを請求してきたとのこと。 その時点で既にフォートレスから返金された5万5000ドルを使い果たしていた彼女が何をしたかと言えば、2017年4月7日〜11日にかけて 16万ドルの小切手をシティバンクの口座に預金し、小切手が不渡りになる前に7万ドルをワイヤー・トランスファーで別アカウントに移すという不正行為。
まだまだ小切手での支払いが一般的に行われるアメリカでは 小切手を預金した場合、 全額が口座に振り込まれるまでには数日を要するものの、バンク・レコード上では預金全額が残高に加わるので その一部の引き出しが可能。アナ・ソロキンが行ったのはその時間差を利用した詐欺行為で、 シティバンクで小切手が不渡りになる前に 引き出し可能だった7万ドルを別口座に振り込んでおり そのうちの3万ドルが 11ハワード・ストリートの指定口座に滞在費として振り込まれているのだった。
しかしながらその支払い後も11ハワード・ストリート側はアナ・ソロキンが2017年5月にモロッコ旅行に出かける際に、 「再びホテルに滞在するつもりならば、クレジット・カード情報を提示して予約するように」と要求。 「得意客を冷遇していると」腹を立てたアナは、同じくソーホーにあるマーサー・ホテルに チェック・インしてからモロッコ旅行に飛び立っているのだった。

アナ・ソロキンがモロッコ旅行を計画したのは、VISA書き換えのためにアメリカ国外に出る必要があったためで、 彼女がその旅行費用全額を負担する約束で誘ったのが 彼女が総額4500ドルを支払ったパーソナル・トレーナーのケイシー・デューク、モロッコ旅行の様子を彼女のソーシャル・メディアや アート・プロジェクトのために撮影するカメラマン、 そしてヴァニティ・フェア誌のフォト・エディター、レイチェル・デローシュ・ウィリアムス(写真上左)の3人。
レイチェル・デローシュ・ウィリアムスがアナ・ソロキンに出会ったのは2016年初頭で、ソーホーのブルーム・ストリートにある ハッピー・エンディングというバーでのこと。 たまたまレイチェルとの共通の友人と一緒にバーに来ていたことアナは、羽振り良くウォッカのボトル・サービスを2本オーダーし、 レイチェルとお互いのバックグラウンドについて語り合ったという。以来レイチェルは何度もアナに呼び出されてはドリンクや食事を共にする仲になっており、 その度にアナが語っていたのが 弁護士やヘッジファンド・マネージャーとの長時間のミーティングの様子やチャーチ・ミッション・ハウスのリースが如何に難しいかといった アート・センター&プライベート・クラブの設立プロジェクトの進行状況。 アナはアート、法律、金融といった男性上位の業界の人間を相手に、アグレッシブなネゴシエーションを行っている様子を 自信たっぷりに語り、常にレイチェルの分まで食事やドリンクを支払い、 仕事柄、そうした野心的でアグレッシブな人々に出会う機会が多いレイチェルは 彼女の素性を疑いもしなかったという。

そのモロッコでアナ一行が滞在したのはマラケシュの5スターホテルで、映画「セックス・アンド・ザ・シティ 2」の 撮影も行われたラ・マムーニア(写真上中央)。とは言っても「セックス・アンド・ザ・シティ 2」ではストーリー上、ホテルが ドバイという設定になっていたけれど、ここでキャリーを含む4人のキャラクターが楽しんだゴージャスな滞在を クレジット・カード情報を提示せずに そのままリピートしていたのがアナ一行。
4人が滞在したのはモロッカン・ヴィラで、滞在者1人ずつにそれぞれプライベート・バトラーが24時間常駐。 ヴィラにプライベート・プールやプライベート・ダイニング・ルーム、プライベート・バーの施設があるのも 「セックス・アンド・ザ・シティ 2」に登場した通り。

ところが滞在3日目には観光に出かけようとしたアナがスタッフにホテル代の支払いを求められ、 彼女らがクレジット・カード情報を提示せずに滞在したことからスタッフが解雇されたことを告げられたという。 やがて電話による送金の工面を諦めたアナとホテル側がレイチェルに対して説得にかかったのが、 彼女のアメリカン・エクスプレス・カードの情報をホテルに渡すこと。 その段階で「早くアメリカに戻りたい」と希望していたレイチェルは ホテル側の「入金さえあればチャージはしない」いう説明を信じて カード情報を渡しており、 程なく彼女が受け取ったのが6万2109.29ドルの滞在費請求。 それは銀行の残高が410ドル、手取りの年収が約6万ドルのレイチェルにはあまりに高額なチャージなのだった。

それに対してアナは、「7万ドルを銀行口座にトランスファーする」と約束したものの、 その後レイチェルが受け取ったのはペイパルを通じた5000ドルの支払いのみ。 何とかお金を返して欲しいと考えて、アナとの連絡を取り続けたレイチェルであるものの、 やがてニューヨークの滞在先のホテルを追い出され、パーソナル・トレーナーの家に転がり込んだ彼女の落ちぶれた姿、 にもかかわらず真相を話そうとせず、いつも通りの野心とプライドを見せるアナに失望を通り越して 呆れてしまい、 ニューヨークの地方検事のオフィスにアナの詐欺容疑を告発。それはモロッコ旅行から戻った3か月後の 2017年8月のことだったという。
彼女が驚いたことには、既にアナは複数の詐欺容疑で捜査対象になっており、その中にはシティ・ナショナル・バンクからの10万ドルのローンの未返済、 ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイのシェア・ホルダー・ミーティングに出席するためにネブラスカ州オマハに飛んだ際にチャーターしたプライベート・ジェット費用、3万5400ドルの踏み倒し容疑、 2017年8月に1万5000ドルの小切手をシグニチャー・バンクに預金し、それが不渡りになる前に8200ドルを引き出した小切手詐欺の容疑等が含まれていたという。
アナ・ソロキンが一連の詐欺容疑で着服したの総額は27万ドル(約2970万円)以上。 大学を出ていない彼女であるものの、高校までの成績は極めて優秀で、 母国語であるロシア語に加えて英語、ドイツ語、フランス語を流暢に話す彼女は、 金融業界の人間をも欺くほどファイナンス用語を適切に用いて ビジネスプランを説明していたことが証言されているのだった。




アナ・ソロキンが逮捕されたのは2017年10月3日のこと。 その逮捕前からニューヨーク・ポスト紙等のローカル・メディが彼女のフェイク・ソーシャライトぶりを記事にしていたこともあり、 程なく彼女についたニックネームが”ソーホー・グリフター(ソーホーのペテン師)”。 罪状認否がマンハッタンの法廷で行われたのは同年10月26日のことで、その時のアナの姿は「ソーシャライトを装うには あまりに無理がある」と指摘されるほど髪がボサボサで、疲れ果てた無表情を見せていたのだった。 その場で無罪を主張した彼女は保釈が認められず、裁判まで過ごしていたのがニューヨークのライカーズ・アイランド刑務所。

やがて2019年4月からスタートしたのが彼女の複数の窃盗、詐欺容疑に対する裁判。 久々に人前に姿を見せたアナは 罪状認否の時とは打って変わって ミュウミュウのブラック・ドレスを着用。首にはリボン・チョーカーをつけて、 ブロードライしたヘア。メディアは一斉に「刑務所メイクオーバー」とその変貌ぶりをからかっていたのだった。
約1ヵ月続いた裁判の最中も彼女は毎回異なるファッションで出廷。そして弁護側が明らかにしたのが アナの公判中のワードローブをTペイン、コートニー・ラヴといったセレブリティのスタイリストとして知られる アナスターシャ・ウォーカーが担当していること。 公判のうちの1回はアナがスタイリストが用意したワードローブが気に入らなかったことで開始時間が遅れており、 判事のダイアン・キーセルが「裁判よりもファッションに関心が行っている」と注意するほどのファッションへのこだわりを見せていたのだった。
そのアナのために弁護士、トッド・スポデックが展開したのは、「アナ・ソロキンはローンや借金を踏み倒す意図などなく、 返済のための時間稼ぎをしていただけ」という無罪の主張。「Anna had to fake it until she could make it」 と語り、「必要以上に自分を大きく見せて、それに追いつく努力はニューヨークでは誰もが多かれ少なかれやっていること」という弁護を展開。
それに対して陪審員が下したのは4件の窃盗、3件の重窃盗、1件の重窃盗未遂での有罪の判決で、 最高で15年の刑期。 しかし陪審員はアナ・ソロキンが6万2000ドルのモロッコ旅行費用を払うと口約束して 踏み倒した容疑については、レイチェル・デローシュ・ウィリアムが原告側の証人として 証言を行ったにも関わらず無罪と判断。またシティ・ナショナル・バンクからローンで借りた10万ドルを騙し取ろうとした容疑についても無罪判決を下しているのだった。
アナ・ソロキンは刑期に加えて、約20万ドルの被害総額の返済と、2万4000ドルの罰金の支払いが言い渡されており、 加えて彼女が抱えているのが多額の弁護料。そもそも仕事も財産も無く詐欺を働いた彼女に その支払い能力があるかと言えば、その答えは「Yes」。
というのも裁判前の服役中に、ネットフリックスとHBOが彼女のストーリーのドラマ・シリーズ製作を決定。その権利を買い取っており、 ネットフリックスは「グレイズ・アナトミー」で知られるシャンドラ・ライムスが、 HBOは「ガールズ」で知られるリナ・ダンハムがそれぞれ脚本を担当することが決定しているのだった。 法廷でのアナにセレブのスタイリストが付いたのも、彼女の裁判中のファッションがそのままドラマの中で反映されるためで、 アナが執拗にファッションにこだわったのも ドラマで描かれる自分像を気にしてのこと。 自らのストーリーのドラマ化を大いに喜んでいたことが伝えられるアナは「ジェニファー・ローレンスかマーゴ・ロビーに自分を演じて欲しい」と製作費が嵩むリクエストまでしているのだった。
アナに借金を踏み倒されたレイチェル・デローシュ・ウィリアムはと言えば、自らが務めるヴァニティ・フェア誌のために書いた アナ・ソロキンに関するエッセーがきっかけで、 「マイ・フレンド・アナ」という著書の出版が決定。 加えてHBOのドラマ・シリーズのコンサルタントとしての踏み倒された金額を遥かに上回る報酬を得ることになっているのだった。 対するネットフリックスのシリーズでコンサルタントを担当するのは、 レイチェル同様にアナと親しい友人になった11ハワード・ストリートのコンシアージュ、ナフ・デイヴィス。
でもアナ・ソロキン自身は逮捕直後にVISAが切れており、前科者はグリーンカードの取得も出来ないことから 刑期を終えた後は米国入国管理局が彼女をドイツに国外追放することが見込まれているのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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