Jan. 28 〜 Feb. 3 2019

”AOC, The Political X-factor?”
シャンペーン・ソーシャリストOr 女性&マイノリティ版トランプ?
今誰よりも政治を面白くするアレクザンドリア・オカジオ-コルテス



今週のアメリカで最大の報道になっていたのは歴史的な寒波のニュースで、シカゴでは体感温度が南極より寒いマイナス50度を記録。 私自身も生涯で 最も寒い経験をしたのが今週水曜夜のニューヨーク。 同等の気温は以前にも経験したことがあるけれど、それを生涯最悪の寒さにしていたのが強風で、 実際には「寒い」というより「痛い」というのが、唯一外気に触れた顔の肌の感触。 でも私がこのコラムを書いている2月3日のスーパー・サンデーには、セントラル・パークを半袖のTシャツでジョギングする人々が数多く見られるまでに気温が上昇しているのだった。
そのスーパー・サンデーにジョージア州アトランタのメルセデスベンツ・スタジアムで行われたのが第53回スーパーボールであるけれど、 今年は様々な理由でボイコットをする人々が多く、その理由の1つは黒人層に対する警察の過剰暴力に対する抗議活動で NFLから追放状態になっている元サンフランシスコ・フォーティーナイナーズのクォーターバック、コリン・カパーニックをサポートするというもの。 またNFCチャンピオン・シップで LAラムズと戦ったニューオリンズ・セインツのファンは、 素人の目にも明らかなファウルをレフリーがコールしなかったためにセインツが敗れ、スーパーボウル出場を逃したことに腹を立てており、 同様にNFLのレフリーに不信感を抱く人々が やはりソーシャル・メディアを通じて今年のスーパーボウルのボイコットを宣言。
更にシーズン・ゲームが終了した1月の時点で 5つのチームがアフリカ系アメリカ人コーチを解雇し、 その後任として ことごとく白人コーチを雇っている状況が アフリカ系アメリカ人プレーヤーが70%を占めるリーグにおいてアンバランスであること、 NFLのチームオーナーがこぞって白人のビリオネアで、中でも力があるダラス・カウボーイズのジェリー・ジョーンズ、 ニューイングランド・ペイトリオッツのロバート・クラウスらがトランプ大統領と親しい友人であることから NFLを「白人至上主義スポーツ」と見なす人々が同様のボイコットを明らかにしているのだった。 加えてリーグやチームが膨大な利益を上げているにも関わらず、脳に損傷を負った元プレーヤーに対する補償や賠償を 裁判で逃れる姿勢も長く反感を買っており、そのせいで若い世代ほどフットボールをプレーしたがらない、親達もさせたがらないという状況。 NFLが世の中から批判を浴びる理由は、他のどのプロスポーツより各段に多いと言わなければならないのだった。




それ以外に今週話題を提供していたのが、 スターバックスの元CEOで トランプ大統領より個人資産が多いビリオネア、ハワード・シュルツ(写真上右)が 著書の出版に際して応じた 報道番組とのインタビューで大統領選挙に無所属で出馬の意思があることを表明したニュース。 そのインタビューの直後にハワード・シュルツの批判とスターバックスのボイコットを示唆したのが、 元ニューヨーク市長で、民主党の有力候補がいない場合は 自ら出馬するとも噂されるビリオネア、マイケル・ブルームバーグ。 その理由はハワード・シュルツが無所属で立候補すれば、本来民主党候補を支持するはずのリベラル派の票割れを招いて、 トランプ大統領再選に繋がるリスクがあるというもの。 同様の危惧は多くの民主党支持者やリベラル派も抱いたようで、今週著書のプロモーションで全米各地の書店でサイン会を行った ハワード・シュルツを待ち受けていたのが、彼の大統領選出馬に反対する人々の抗議活動。 もちろん反対意見の中には、「議員も経験したことが無いビリオネアが いきなり大統領になるのは もうコリゴリ」 というものも非常に多いのだった。
その2020年の民主党大統領候補として 現時点で出馬を表明した有力どころとしては、カリフォルニア州選出の上院議員 カマラ・ハリス(写真上左)、 ニュージャージー州選出の上院議員で2016年の大統領選挙の際に副大統領候補に名前が挙がっていたコリー・ブッカー(写真中央) がいるけれど、前者は昨年秋のブレット・キャバナー最高裁判事に対する上院公聴会の 鋭い質問がきっかけで一躍ソーシャル・メディア上で人気と知名度を上げた存在。後者は 元ニューアークの名物市長で、民主党では最も知名度が高い政治家の1人。現在は女優のロザリオ・ドーソンとの交際が噂されているのだった。
そのロザリオ・ドーソンが2016年の大統領選で熱心にサポートしたバーニー・サンダースは、再出馬するか否かを近日中に発表すると言われているけれど、 彼女やスーザン・サランドン、シェイリーン・ウッドレー等、バーニー・サンダースを支持したハリウッドスターが その後ことごとく仕事を干されているのは決して偶然ではないこと。

では生涯民主党支持者であったハワード・シュルツが なぜ民主党から立候補しないかと言えば、本人曰く「現在の民主党は 左に寄り過ぎている」ため。 その象徴としてハワード・シュルツが名指しで批判したのが ニューヨークのブロンクス&クイーンズ選出の史上最年少下院議員、 アレクザンドリア・オカジオ-コルテス。 現在29歳、議員に就任して1か月も経たないルーキーながらも、既に民主党で最も注目を集める政治家になっているのが彼女。 政治だけでなく、経済の専門家までもが彼女の存在に注目し、その言動をチェックするようになっているのは驚くべきこと。
写真下左は彼女が下院で行った初めてのスピーチを ケーブル・ネットワークC-Spanが ツイッターで放映した様子であるけれど、発信から僅か12時間で116万人が視聴。 この視聴者数はC-Spanの新記録で、 その短く端的なスピーチで 彼女を信頼するようになった人々が多かったことも伝えられているのだった。
また政府のシャットダウン中には、「Where is Mitch?」と銘打って、友人の議員達と共に シャットダウン終了を直接掛け合うために 雲隠れする共和党上院議長、ミッチ・マコーネルを探して 議員会館を歩き回る様子をソーシャル・メディアにポスト(写真右下)。 その場に居たメインストリーム・メディアの取材陣も彼女らを追いかけてその様子を報じており、 政治生活が長い議員が決して思いつかないような型破りな行動や言動がメディア&ソーシャル・メディアを 賑わせているのだった。






今では”AOC” という通称で知られるようになった アレクザンドリア・オカジオ-コルテスは、1989年10月13日にブロンクスの決して裕福とは言えない家庭に育ち、 ボストン大学でインターナショナル・リレーションと経済を専攻。大学時代に移民局のインターンとして 不法移民の通訳をした経験があり、移民問題への意識が高まったのがこの時期。 同じく大学時代に父親を失った後には、掃除婦として働いていた母親と共に家の差し押さえを経験。 卒業後はバーテンダーをしながらも 2つのノンプロフィット教育機関でディレクターを務め、自ら小規模な出版社も立ち上げた彼女は 2016年の大統領選挙の際にバーニー・サンダースのキャンペーン・オーガナイザーを務めており、それが政界入りのきっかけになったとのこと。
実際に彼女自身も バーニーズ・サンダースが公約に掲げたバブリック・カレッジの授業料無料を謳っているけれど、 彼女の下院出馬をサポートしたのは、そんなバーニー・サンダースを支持した若い層で、 そのチームがクリエイトしたのが 後にヴァイラルとなった上のビデオ。 そして一人一人の選挙民に語り掛けるグラスルーツ・ムーブメントとしてのキャンペーンによって何が起こったかと言えば、 過去20年に渡って選出されてきた民主党の実力者で次期下院議長最有力候補であったジョー・クロウリーを予備選挙で破るという 誰もが予想しえなかった大番狂わせの勝利。ジョー・クロウリーが予備選に使った選挙資金は340万ドル(約3億7220万円)であるのに対して、 AOCの選挙資金はその10%にも満たない19万4000ドル(2,120万円)で、しかも企業献金ゼロ。 この快挙で一躍全米に名前が知れ渡ったのが彼女で、 その勝利は民主党内にもパニックをもたらしたと伝えられているのだった。
以下は彼女のCMで語られている台詞。ヒスパニック系の訛りがある英語で 同じ境遇の人々に語り掛ける分かり易く ストレートなメッセージは、 それまで深く考えずに名の知れた民主党候補者に投票してきた人々の考えを改めさせているのだった。

「私のような女性は、議員に立候補するべきではないのでしょう。私は裕福で権力のあるファミリーに生まれた訳ではありません。 母はプエルトリコ出身、父親はブロンス生まれ。私はジップコードが運命を決める街に生まれました。私の名前はアレクザンドリア・オカジオ-コルテス。
私は教育者で、オーガナイザー、ワーキング・クラスのニューヨーカー 。妊娠中の母親達と仕事をし、ウェイトレスをし、教育現場にも携わってきました。 政治の道に進むつもりなどありませんでしたが、過去20年 同じ代議士が当選するうちに自問するようになりました。「一体誰のためにニューヨークが 変わってきたのか?」 と。 私の家族のような労働者層の生活は毎日のように苦しくなっています。レントは高騰し、 健康保険のカバーは減らされ、収入は増えません。変化が私たちのために起こっている訳ではないことは明らかです。 私たちには戦いのチャンピオンが必要です。労働者ファミリーが暮らしていけるニューヨークのために戦う時が来たのです。 だから私は下院に立候補します。
このレースは我々VS. お金です。我々にあるのは人々の力、相手にあるのはお金の力です。 民主党議員ならば誰でも同じではないことを悟る時です。 企業献金を受け取り、住宅差し押さえで利益を上げ、自分の選出区に住むこともなければ、 我々の学校に子供を通わせることも無く、我々と同じ水を飲んだり、我々と同じ空気を吸うこともない民主党議員には 我々の代議士など務まらないことを悟るべきなのです。 ブロンクスとクイーンズには市民全員をカバーするメディケアと授業料無料の公立学校が必要です。 そして公務員職雇用枠の確保と刑事司法改革が必要です。 私たちは今それに取り組むことが出来るのです。これらは政治的な勇気さえ持てば100年も掛かるようなことではありません。 誰もが生活に困らないニューヨークは実現可能です。 我々の一員を選出する時が来たのです。 6月26日、アレクザンドリア・オカジオ-コルテスに投票してください。」






若くフォトジェニックで 弾けるような快活さがウリのAOCは ソーシャル・メディアを巧みに利用していることで知られ、 彼女のツイッターのフォロワーは240万人以上、インスタグラムのフォロワーは約180万人。 またルーキー議員にも関わらず既に夜のトークショーにゲスト出演するなど、メインストリーム・メディアでも引っ張りだこで、 1月には彼女を含む4人の女性候補が昨年11月の中間選挙を戦う様子を描いた ドキュメンタリー作品がサンダンス映画祭でプレミアを迎えているのだった。 本来はそのプレミアでのスピーチが予定されていたAOCであるものの、 その日に政府のシャットダウンが解除されたことから プレミア出席を控えてワシントンに残り、代わりにライブ・ビデオで行われたのが観客への挨拶。 会場内は彼女の姿が映し出された途端に ロックスターが登場したかのような熱狂ぶりであったことが伝えられているのだった。
そんなメディアとソーシャル・メディアを上手く活用し、有権者が共鳴する分かり易いメッセージを 有権者が聞きたくなる語りで伝えるAOCは、共和党にとってはシリアスな脅威ではないものの 侮れないという点で、 2016年大統領選挙前半のトランプ氏のような存在。 それだけにAOCを批判する人々の間では「Trump in High Heels (ハイヒールを履いたトランプ)」という指摘も聞かれるのだった。 それと同時に彼女の批判に頻繁に登場するのが 「シャンパン・ソーシャリズム」、すなわち「社会主義者と言いながらシャンパンを飲んでいるような 贅沢に矛盾したソーシャリズム」というものがあるけれど、 AOCが打ち出す政策は 2016年の大統領選挙の際にバーニー・サンダースが打ち出した民主党版ソーシャリズムを ミレニアル世代と労働者階級にさらに分かり易くアピールするもの。
そんな政策の旗揚げとして メディアとのインタビューで彼女が1月に語ったのが 年収10ミリオン(約11億円)以上の富豪に 70%の税金を科すプラン。 民主党内からも「まさか!」という声が上がったこの税制案であるものの、民主・共和の支持政党を問わず有権者の76%が 賛同していることがアンケート調査の結果で明らかになっており、それを笑い飛ばした政治家やセレブリティが 逆に恥をかいている有り様。 この案に止まらず、ナンシー・ペロシの下院議長就任に反対票を投じ、党の新しいリーダーの必要性を公に訴えたAOCに対しては 元民主党副大統領候補のジョー・リーバーマンも「アレクザンドラ・オカジオ-コルテスは民主党の未来ではない」と ニュースのインタビューで批判をしていたけれど、それに対してAOCは 「New party, who dis? (民主党は生まれ変わった政党、これ誰?)」と、スぺルからして世代の違いを感じさせるツイートで一撃したのだった。


また彼女が高校時代に映画「ブレックファスト・クラブ」のシーンを真似てダンスをしているビデオが ソーシャル・メディア上で公開され、彼女の稚拙なイメージが批判されたされた直後には 同じ楽曲に合わせて 踊りながら議員室に入る姿を自らソーシャル・メディアにポスト。 このように批判する側が馬鹿を見るようなレスポンスが 果たして本人のアイデアなのか、 それともチームがアイデアを出しているのかは定かではないものの、 様々な攻撃を上手くかわす度にその存在と知名度が高まっているのが彼女。
そうかと思えば、ワシントン・ポストが報じた直後に闇に葬り去られそうになった21兆ドルの政府の使途不明金について 批判のコメントをしたのもAOC。彼女は後にコメントを取り消しているものの、注目度が高い彼女がコメントしたことから その内容が知れ渡り、 以来アメリカ経済を語る人々がこぞって米国の累積赤字に使途不明金21兆ドルを加えるようになったのは驚くべき影響力。 以前は彼女を「若いだけ、未熟で未経験」と見なしていた人々が、 昨今では「She's very smart」と その考えを改めるコメントをしており、 今や政治や経済の専門家が ”読めない未来のXファクター” として注目するのがAOCなのだった。

そんなこともあり、「ファーレンハイト9・11」で知られる映画監督、マイケル・ムーアは 「民主党はAOCを党のリーダーの1人として認めるべき」と語っただけでなく、 「大統領の出馬年齢を35歳から30歳に下げて、AOCを出馬させるべき」とまでコメントする状況。 事実、民主党支持者の90%は 「既にワシントンにどっぷり浸かった政治家よりも 新しい指導者を求める」とアンケート調査で回答しており、それがハワード・シュルツのような 白人、高齢のビリオネアでは 有権者にアピールしないのは 今週の彼に対する抗議活動が証明していること。
AOCの出現によって確実に言えるのは、これまで「政治家なんて皆同じ」と思っていた人々が 希望を抱く域には達していないものの、 彼女の型破りな言動や行動に興味と好奇心を抱き、エンターテイメント性を見出すようになってきたこと。 民主党にはそんな政治家がいなかっただけに、 これからのアメリカ政界におけるAOCの動向は、彼女が好きでも嫌いでも フォローに値すると言えるのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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