Jan. 21 〜 Jan. 27 2019

”What was Behind the Shut Down?”
壁の建設費だけが理由であるはずがない政府のシャットダウン、
その背景で噂された様々な利害関係



今週のアメリカでも最も大きく報じられていたのが政府のシャットダウンのニュースで、 それが35日間続いた後、暫定案が可決されてようやく終了したのは1月25日金曜日のこと。
とは言っても現時点でシャットダウン解除は2月15日までの3週間という一時的なもので、 その間にトランプ大統領が強固に主張するメキシコとの国境の壁の建設費が 予算案に盛り込まない限りは 再びシャットダウン、もしくはナショナル・エマージェンシーを発動して、 壁の建設に乗り出すというのがトランプ氏の主張。そのため80万人の政府職員にとっては 35日も無給状態が続いたにも関わらず、再び同じ悪夢が繰り返すかもしれないという全く心が休まらない状況。
このシャットダウンのせいで、ワシントンDCのスミソニアン博物館は1週間に1億円の損失を被ったと言われるけれど、 アメリカ全体におけるシャットダウンの経済的 ダメージはトランプ氏が壁の建設費として要求した57億ドルの約2倍に当たる110億ドル。 そのうちの30億ドルはリカバリー不可能と指摘されるもの。 それというのも、アメリカ国内には政府職員以外にも政府からの受注によって成り立っているビジネスに約400万人が従事しているためで、 それらのビジネスの中には過去35日間に従業員をレイオフしたところも多く、たとえシャットダウンが解除されても こうしたビジネスの売り上げが戻るには約1か月が掛かるとの見込み。 もちろんその前に再びシャットダウンがスタートした場合は、致命的なダメージを被るのは目に見えていること。
多くのアメリカ国民は今回のシャットダウンの責任がトランプ大統領にあるという意見で、 大統領の支持率は就任以来最低の34%にまで落ち込んでいる状況。 しかしながらトランプ氏の支持基盤である中西部のキリスト教右派の間では壁建設を支持する意見がこれまでになく高まっており、 リベラル派を始めとするアンチ・トランプ派がトランプ氏に腹を立てれば立てるほど 彼らのトランプ氏への支持が高まるのは2016年の大統領選挙の最中からずっと続いてきた状況。 その壁の建設はトランプ氏が最も熱心に掲げてきた選挙公約であるけれど、 大統領就任2年目の段階で トランプ氏が突如 壁の建設費を強固に主張し始めた理由として政治評論家が指摘するのが 2020年の大統領選挙の争点を 国境パトロール&移民問題、不法移民による犯罪防止にフォーカスしたいため。 というのも トランプ氏が同じく2016年の選挙で大きく掲げた「製造業をアメリカ国内に呼び戻す」という別の公約が一向に実現されず、 トランプ政権のこれまでの政策で 何一つ恩恵を受けていないのがトランプ氏の支持基盤である中西部の貧困層。 そして2020年の大統領選挙前に見込まれる次なるリセッションで最も生活が苦しくなるのがこれらの人々で、 それだけに彼らの怒りの矛先を前回の選挙同様 不法移民とそれをサポートするリベラル派に向けること、 そして「景気後退が 不法移民を防ぐ壁の建設予算を獲得するための政府シャットダウンが引き金で始まった」という言い訳は、 トランプ支持者がどんなに生活が苦しくても トランプ氏に再び投票する格好のシナリオになると言われるのだった。




その一方で聞かれるのは今回の35日間のシャットダウンが、FED(連銀)と政府が共同で行ったアメリカ経済のストレス・テストであるという説。 ストレス・テストとは通常、経済破綻が起こった際に金融機関にどれだけの持久力があるかをチェックするためにFEDが 大手銀行に対して定期的に行っているもの。 昨年FEDが発表した調査結果では、58%のアメリカの成人は1000ドル以下の貯金しかなく、 そのうちの40%は突如400ドルが必要な事態が生じた場合、 持ち物を売却するか借金をしない限りは払えないという状況。 事実、政府のシャットダウン後には自分の持ち物を質入れする政府職員が非常に多く、 同時に政府職員がこぞって失業保険を申請、フードバンクやスープキッチンで食料を手に入れていた様子は前回のこのコーナーでも説明した通り。 次に起こり得る金融危機の際にも、突如80万人のレイオフが出ても不思議ではないだけに、 その際の失業者の金策と それに同情する国民、地方自治体、企業、およびチャリティ&クラウドファンディングの対応や動向が チェックされたと言われるのが過去35日間。
シャットダウン終了前日には、トランプ氏の友人かつマルチ・ミリオネアのウィルバー・ロス商務長官が「どうして給料が1〜2回払われないくらいで、 政府職員がフードバンクに行くのか理解できない。 金が無いならローンを組めば良いじゃないか」と発言したことが国民の怒りを買い、マリー・アントアネットが語ったと言われるかの有名な「パンが買えないなら、 お菓子を食べれば良いじゃない」というセリフと比較されていたけれど、 ウィルバー・ロスのように「今回のシャットダウンは、政府プロジェクトの大金が動くために必要なステップ」と考えている側にとっては 国民の犠牲は取るに足りない些細なものなのだった。

実際に国境の壁の建設に絡むのは それをどのコントラクターが入札して、どの金融機関が資金調達を任せられるかの利害関係だけでなく、 アメリカとメキシコの国境付近の地域経済にも大きな影響を及ぼすもので、 意外に世の中で知られていないのが 物価や不動産、税金が安いメキシコに暮らすアメリカ人不法移民の存在。 彼らの子供達は毎日国境を越えてアメリカの学校に通っており、国境付近のエリアでは安いメキシカン・レストランに行くためにアメリカ人が国境を越えたり、 メキシコ人が毎日国境を越えてアメリカ人家庭のメイドや ビジネスの従業員として働きに行くといった行き来はごく当たり前のこと。 さらにメキシコからアメリカに入ってくる代表的な密輸品と言えばドラッグであるけれど、その供給と利益が処方箋痛み止め薬の影響で大手製薬会社に流れた今では ヒューマン・トラフィッキング、すなわち人身売買が最大の利益を生み出す闇のビジネス。 そんな地元経済と闇のビジネスの双方に大きな影響を与えるのが壁の建設で、もし建設されるとなった場合には何処から何時着手されるかによって 激変するのが密輸品&お金の流れに加えて ドラッグ・カルテル等が握る縄張りの価値。
写真上右はメキシコとの国境に現存するフェンスで、このフェンスを約2000マイルの国境のうちの700マイルに設置する”Secure Fence Act”が 米国議会で可決されたのは2006年のブッシュ政権下でのこと。 そしてその直後からメキシコで起こったのが、ドラッグ・カルテルの縄張り争いの戦争状態で、当時2000人の麻薬組織関係者が死亡しているのだった。 その現存フェンスの設置作業が終了したのは あまり知られていないものの2017年、すなわちトランプ政権になってからのこと。
そして現在トランプ氏が主張するのは国境のうちの更に200マイルに57億ドルを投じて巨大な壁を建設することで、写真上左はトランプ氏が大統領就任直後に作らせ、公約実践をアピールした壁のプロトタイプ。 一方の民主党が主張するのは現存のフェンスの補強とドローン等のテクノロジーを使用した警備の強化。 この与野党の対立は、実際には壁建設の利害が絡むビジネスや組織の争いであり、そのプロセスと結果が政治家や関連の事業&人物を大儲けさせるのは言うまでも無いこと。 特に交渉が長引くことは 対立する双方に対してお金が流れ込むことを意味する訳で 「この機会に トランプ氏も与野党の政治家も 個人の資産と2020年の選挙資金を大きく蓄えているはず」というのが 元政府高官や政府機関職員等、政治の裏側に通じた人々の見解。
もしオバマ前大統領やブッシュ元大統領が どう考えても無理がある壁の建設を主張して 史上最長のシャットダウンを演じた場合には 「裏で何かが暗躍しているに違いない」と誰もが疑いたくなるシナリオであるけれど、トランプ氏のキャラクターで行った場合は 誰もがその馬鹿げたストーリーを そのまま鵜呑みにするというのは トランプ氏だけが持ち合わせる才能でありパワー。 シャットダウン中も、それが終了した今週末も メインストリーム・メディアのフォーカスは「トランプ氏が頑固に主張する壁の建設費の予算盛り込みをどう解決するべきか」のみで、 インターネット上の知識人の見解など全く入りこむ余地が全く無い様子を窺わせていたのだった。




一方、トランプ支持の右寄りメディアがソーシャル・メディア等を通じてトランプ支持者に対して 訴えていたが トランプ大統領が やはり2016年の選挙の際に公約していた「Drain the Swamp(泥沼の排水)」、 すなわち腐敗したワシントンの官僚機構の一掃のために あえてシャットダウンを行っているという説。 「政府がシャットダウンすれば、無くても困らない政府機関が一目瞭然になるので、それらを排除できる」というのが その説得力に欠ける説明。
でも実際にはシャットダウンの35日間、メディアが報じ続けたのはTSA(航空管理局)の職員が無給で働くことを嫌って病欠をする結果、 アメリカ各地の空港のセキュリティ・チェックで大行列が出来ている様子や、空港の管制塔のスタッフが不足し 空の安全が危ぶまれただけでなく、そのダイヤが乱れたというニュース。 加えてFDA(食品医薬品局)もスタッフが 不足し、食品検査が行き渡らないことによる 食中毒等のリスクもメディアで警告されており、 これらの政府機関が如何に国民生活に欠かせない存在であるかを思い知らせていたのだった。 しかも今回のシャットダウンはトランプ政権2年目にして2度目のシャットダウン。 「これがニューノーマルになるのでは?」という危惧が聞かれる中で、当然浮上してくるのがこれらの政府機関の一部民営化の声。
民営化をすればシャットダウンの影響を受けないだけでなく、働く側には労働組合結成やストライキの権利も与えられる訳で、 リタイア後の待遇は政府職員の方が良いとは言え、史上最長のシャットダウンの後では その影響を受けない雇用の安定を選ぶ職員が 多くても不思議ではないもの。しかも政府職員が減ることは 政府予算の削減に繋がるだけでなく、民営化によって業務を引き継いだ企業から 多額の利益が得られることを意味するけれど、それと引き換えに政府が民間企業に売り渡すのが これまで政府機関だけが握っていた様々な情報や権限。 今回のシャットダウンによる問題が最もメディアで報じられたTSAとFDAは、アメリカ国民のみならず 世界中の人々の渡航記録を掌握し、 持ち来み&持ち出し荷物を差し押さえることが出来る機関(TSA)と、食品の取り締まり&薬品の認可を行う機関(FDA)。 これらは一部民営化されるとすれば 最も価値が高い政府機関であるのは誰もが認めるところで、今回のシャットダウンがTSAやFDAといった機関の 一部民営化のトリガーに利用されるという声も決して少なくなかったのだった。
連邦政府や地方政府の機関が民営化されるということは、金融機関を含む大手企業や それに投資をする富裕層を儲けさせる恰好の手段であり、 例えば今では全米の殆どの州が刑務所の警備と管理を民営化しているけれど、 誰もが知る大手金融機関はそれによって膨大な利益を上げた存在。 既に「民営化できる政府機関は全て民営化された」と言われてきたアメリカであるけれど、 今回の政府のシャットダウンは明らかにその状況に新たなオプションを与える結果になっており、 同時に背後で大きな資金とパワーが動いていることも否定できないのだった。




前述のようにシャットダウンの最中にはTSA職員の病欠が大きな問題になっていたけれど、彼らが病欠する理由は、 給与が払われないのならUberのドライバー等をして生活費を稼ぎ出す必要があるということに加えて、 出勤するための車のガス代が支払えないため。
同様のことはFBIの捜査官の間でも問題となっており、「捜査に出たくてもガス代が払えない」、「スマートフォンでは連絡出来ない情報源との コンタクトに使っていたテレフォン・カードが購入出来ない」といった問題が伝えられ、FBIの職員でさえ貯金が無い様子を垣間見せていたのだった。 その結果、政府シャットダウンの最中に完全にストップしたのがFBI にとってプライオリティの低い捜査で、 その最たる例に挙げられていたのが、マレーシア政府系投資会社 1MDBをめぐる巡る不正、およびマネー・ロンダリング疑惑におけるゴールドマン・サックスに対する捜査。 その遅れは当然ながらゴールドマン・サックスには大歓迎されていたようで、 金融関連のホワイトカラー・クライムは捜査の時間が長引くほど、金融側に有利になるのだった。
逆に最優先になっていたのはトランプ陣営とロシア政府の2016年の大統領選挙における癒着疑惑捜査で、そのことはシャットダウン最終日の 早朝に トランプ氏の長年の友人であり非公式アドバイザーとして知られるロジャー・ストーンが逮捕されたことでも分かる通り。 この逮捕を受けて上院が暫定案を可決したという説と、逮捕がシャットダウン終了の日に合わせて行われたという説があり、 シャットダウンの開始と終了、およびトランプ氏の側近逮捕が全て金曜日なのは政府機関の業務や株価へのインパクトを軽減するためのスケジュールなのだった。

さらに今回の政府のシャットダウンはビットコインにも影響を与えていて、それというのも昨年から棚上げになってきたビットコインのETF認可の 最有力候補、CBOE(Chicago Board Options Exchange/シカゴ・オプション取引所)の最終締め切りが2月24日に迫っていたいたため。 もしシャットダウンが続いてSEC(Securities and Exchange Commission/証券取引委員会)が機能せず、締め切りまでに決断が下せない場合には自動的に認可されるのがその規定。 しかしながらSECがこんな歴史的、かつ大きな決断を成り行き任せにするはずがないため、このまま申請が拒否されることが見込まれていたのだった。 もし拒否された場合、CBOEは二度とビットコインのETF申請が出来ないことから ほぼ絶望視されていた今週、 政府のシャットダウンを理由に申請を取り下げたのがCBOE。 これによってCBOEは5月まで再申請の猶予が与えられたと同時に、政府のシャットダウンという正当な理由があることから 申請取り下げに際するビットコインのイメージダウンも無かったけれど、 決断が先送りにされるほど高まるのがビットコインのETF認可の可能性。
というのも時間の経過と共にビットコインを始めとするクリプトカレンシー(暗号通貨)のエコシステムがどんどん整っているためで、 先週にはワイオミング州の議会にビットコインを通貨と見なす法案が提出されたばかり。そのワイオミング州では昨年、 銀行でクリプトカレンシーを取り扱う法案が可決され、 税金をビットコインで支払えるオハイオ州よりも積極的にブロックチェーン企業誘致に動いているのだった。
でもビットコインのコミュニティでETFより期待を集めているのは ニューヨーク証券取引所の親会社ICEがスタートしようとしている クリプトカレンシーのエクスチェンジ、BAKKT(バックト)。こちらが認可申請を出しているのはCFTC(Commodity Futures Trading Commission/商品先物取引委員会)で、 承認に際しての期限が無いことから 政府シャットダウンの影響は皆無。それでもBAKKTは申請を待たずして既にエグゼクティブのリクルートに動いており、今週には 商品先物契約の詳細を公開しているのだった。
この報道によってビットコインがSECの管理下であるセキュリティ(証券)ではなく、ゴールド同様にCFTC管理下の商品先物と見なされることを初めて知った人も居たようだけれど、 政府のシャットダウンが 経済的ダメージを遥かに超える大きなインパクトをアメリカ社会にもたらしたのは紛れもない事実。 そしてその本当のインパクトをアメリカ国民が実感するのはこれからのことなのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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