
昨今アメリカのSNSでヴァイラルになっていたのが ”ピーナッツバター・トースト・レディ”というニックネームで知られるようになったTikTokerが、
政府の食糧援助プログラムの受給者を馬鹿にするビデオ。
ニックネームの由来は、彼女がピーナッツバターを塗ったトーストを食べながら、動画撮影をしていたため。
アメリカは政府シャットダウンが長引いた影響で、11月1日から”SNAP/スナップ”と呼ばれる低所得者へのフードスタンプ支給がストップしてしまい、
全米各地のフードバンクに大行列が出来たことで、フードバンクも運営困難に追い込まれている状況。
そんな中、「11月のフード・スタンプがもらえないと文句を言う人に言わせてもらうけど…」というくだりから始まる彼女のビデオは、
見る側の神経を逆なでするだけでなく、怒りに導くもの。
「10月のフード・スタンプは何に遣った? 保存可能なパントリー・アイテムを買った? 賢く買い物をした? それとも加工食品のゴミを買っただけ?」、
「ところでフードスタンプが来ないのは政府を閉鎖した民主党のせい。サンクスギビングもフードバンクに行かなきゃなんないわね。 フードバンクなら いろんなサイズのターキーとかサイドディッシュも貰えるんじゃない。
私はね、もうそういう文句に飽き飽きしてるの」、
「私が何を食べてると思う? ピーナッツバターとバターを塗ったトーストよ。すっごく美味しい。 私はね、子供に食べさせるためだったら3つ仕事をしたって構わない。
フードスタンプを貰っている人はインターネットで文句を言う以外に何をやってるの?」という内容。
女性はこれまでにも頻繁にTikTokにショート・ビデオをアップしていたようだけれど、あっという間に拡散され、猛烈なバックラッシュが寄せられたこの動画は、
今やアメリカで誰もが話題にするセンセーションになってしまったのだった。
インターネットで顔が出てしまったら、ごく普通の一般人でもIDとバックグラウンドが直ぐに分かるのが現在。
程無く女性の雇用主であるマットレス・ストアには抗議が殺到し、ストア側は「我々のビジネスは、彼女の意見や値観感をサポート出来ない」と女性を解雇。
その途端、SNS上に溢れたのが「10月の給与は何に遣った? 保存可能なパントリー・アイテムに遣った? 賢く買い物をした? サンクスギヴィングにはフードバンクに行くことになるかもね」と
彼女が言い放った台詞を用いたリベンジ・ビデオ。
私がこのビデオを観たのは、女性解雇のニュースがヴァイラルになった時で、既にオリジナル・ビデオは削除されていたけれど、
一度インターネットにアップされたものは決して消えることは無い訳で、別ソースからの閲覧が可能になっていたのだった。
確かにビデオは フードスタンプ受給者を怠け者の寄生虫扱いしていたけれど、
実際にはアメリカでフードスタンプを受け取っているのは、障害を持つ等、働けない理由がある人々を除いては、
仕事を持つ人々。それも低額給与の仕事を2つ、3つ掛け持ちでしているケースが多いのが実情。
トランプ大統領は「バイデン政権のばら撒き政策によってフードスタンプ受給者が激増した」と語り、政府閉鎖中に
エマージェンシー・ファンドからのフードスタンプ支給を拒んだけれど、
実際に フードスタンプ・プログラムを不当に利用してきたのはアマゾンなどの大企業。
時給スタッフの給与額を フードスタンプがもらえる額で抑えることによって人件費を節約しており、
本来企業が給与の一部として支払うべき従業員の食費を 政府予算から賄う形を取ってきたのだった。
その一方で女性のピーナッツバター・サンドウィッチの食べ方も人々の怒りを煽った要因の1つ。
ふてくされた態度で、ピチャピチャと音をたてながらサンドウィッチを噛み、同時に喋る彼女の様子は、話の内容が例えポジティブなものでも腹立たしく感じられる下品さ。
私が個人的に興味深かったのは、アメリカでフードスタンプ受給者が圧倒的に多いのは低所得者が多く、トランプ氏を支持するレッド・ステーツ。
にも関わらず、女性のビデオに猛反発したのは圧倒的に民主党支持者だったことで、
女性を非難する理由は「弱者を思いやるエンパシー(情け、同情心)の無さ」。
さらに彼女自身が決して富裕層ではなく、「解雇されれば明日は我が身」にも関わらず、
フードスタンプを受け取る人々を馬鹿にする様子も批判されていたけれど、
「自分が苦境に陥るまでは、富裕層に属するかのように振舞い、自分以下の貧困層を蔑む」のは
共和党貧困層にありがちな傾向なのだった。
今回の騒動は、ソーシャル・メディアを通じて 誰もが世に向けて意見を発信する手段を持つ時代の弊害をまざまざと感じさせたけれど、
通常この女性のような言い分は、気心や支持政党が知れた仲間に対して愚痴るべきこと。
それをSNSを通じてランダムに発信したことで、彼女の言い分が気に入らない民主党支持者も、フードスタンプを受け取っている共和党支持者も敵に回し、
仕事まで失った訳で、ここまで有名になってしまうと 彼女を再雇用しようというストアや企業があるとは思えないのが正直なところ。
もし民主党支持者だけの怒りを買う主張であれば、MAGA勢力の雇い主に拾って貰えたはずであるけれど、
超党派の見下し問題発言は アメリカ中を敵に回す行為と言えるのだった。
しかもビデオがヴァイラルになり掛けた段階で、女性はフォロワーを多数抱えるインフルエンサーのインタビューに応じ、やがては自分を解雇に追い込む動画を
自らプロモート。
恐らく本人は深く考えず、日頃と同じ感覚で動画を製作・投稿しただけと思われるけれど、ヴァイラル・ビデオの拡散規模と社会的インパクトは
年々高まっている上に、消去、取り消し、訂正は不可能。
そのため「言論の自由」を取り沙汰する以前に、一般人がこんなリスクを冒してまで、自分の考えを不用意に発信することに
一体何のメリットがあるのだろうか?と思えてしまうのだった。
Yoko Akiyama
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執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |


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