Mar 2 ~ Mar 8 2025

Golden Age or Golden Egg of America?
トランプフレーションがやって来る!?


今週のアメリカでは、火曜日にトランプ氏が史上最長の大統領スピーチを下院で行い、そのリアクションは与野党で正反対であったけれど、 それはスピーチについて報じたメディアも然り。就任44日目にして「歴代のどの大統領より大きな功績を上げた」と勝利宣言をしたトランプ氏に対し、 諸手を挙げて大絶賛したのはFOXニュースを始めとする極右メディア。メインストリート・メディアは、具体策が示されないまま打ち上げられた壮大な目標に疑心暗鬼。 リベラル・メディアの一部で見られていたのは、トランプ氏のオーバープロミシングなスピーチを、未だセルフドライビング・システムの安全性さえ確立されないテスラの株主総会で、 ハイレベルな進化の早期実現を確約してきたイーロン・マスクと重ねる様子。
毎年、下院では大統領スピーチの際に一般国民のゲストを招き、政策と関連付けたハート・ウォーミングなエピソードを盛り込むのが慣例であるけれど、 今回与野党で大きくリアクションが分かれたのが、珍しい脳の小児がんを克服した13歳の黒人少年を、トランプ氏がスピーチの中で 彼のかねてからの夢だったシークレット・エージェントに任命するジェスチャー。 通常であれば党派を超えたスタンディング・オーベーションになる美談とあって、共和党は無反応だった民主党議員を猛攻撃。 しかし民主党にしてみれば、イーロン・マスクが小児がんリサーチへの政府助成金を「無駄」と宣言し、共和党がその法案を支持しただけに このジェスチャーは偽善的な茶番。スタンディング・オーベーションをすれば、まるで共和党が小児がん患者をサポートする活動をしているような誤解を招く状況。
スピーチに対する 国民のリアクションも、”トランプ支持派”と ”それ以外”の真二つに分かれており、 ”それ以外”の国民の多くは 史上最長スピーチを聞き終える忍耐力が無かったことが伝えられるのだった。



”トランプフレーション”の先に待っているのは?


トランプ氏は下院スピーチでTariffについて言及し、関税政策が「アメリカ国民に痛みをもたらす」と認めながらも 「大したことはない、直ぐに終わる」と、インフレ懸念を軽視。しかしアトランタ連銀は先週末にリセッション突入を警告しており、 経済専門家もTariffによって、GDPが減少する中でインフレが起こる ”スタグフレーション”の懸念を表明。 ありとあらゆるものを賭けにするポリマーケットでも 「アメリカのリセッション突入」に32%が同意、この数字は先月から23%アップしているのだった。
3月2日から導入されたカナダ、メキシコ、中国へのTariffは、その翌日に自動車関連が、 そして2日後にはカナダとメキシコに対する殆どの関税措置が4月2日に延期。これは先月に続いて2度目の延期で、2月の延期の際には それを好感してアップした株式市場は、今回は更に下落。投資家が如何に先が読めない状況を嫌うかを表していたのだった。
しかし驚くべきは、これほどまでにTariffが毎日のように報じられても、DKCニュースの調べによれば、 10人中4人のアメリカ人が、Tariffの意味を4択から選ぶクイズで不正解であること。 多くがTariffはカナダやメキシコが支払うものと思い込み、価格がアップするのはウォルマートやターゲット等が 利益を追求し過ぎるためと、企業を責める傾向にあるとのこと。
Tariffが導入されれば、平均的なアメリカ世帯の出費が 年間で1300ドル上昇すると見られるけれど、 そのダメージが最も大きいはずの レッドステーツ貧困層、すなわちトランプ支持者ほど、「Tariffによってアメリカに製造業が戻り、国内産業が復活するので、 短期的に物価が上がったとしても、直ぐにその恩恵を受ける」と極めて楽観的であるのは、そんな知識不足を反映してのもの。 トランプ政権が教育省を閉鎖し、貧困層に対する教育の質の劣化を図るのも、「操り易い奴隷国民を増やすため」と言われるのだった。

Tariffによって起こる物価高のことは、”トランプフレーション”と呼ばれ始めているけれど、 カナダ、メキシコ、中国は、第一期トランプ政権下でもTariffで苦しんだだけに、それぞれが米国に頼る貿易から、取引先を分散する貿易にシフトし始めて久しい状況。 例えば中国は第一期トランプ政権誕生前の2016年には、大豆の国内消費の40%を米国からの輸入に頼っていたものの、2024年にはそれが18%にまで減少。 替わりに中国市場を拡大したのはブラジルで、大豆に加えてコーン、コットンでも中国市場を米国から奪って久しい状況。 さらに中国は豚肉の輸入も、アメリカの独占状態から その大半をスペインとオランダにシフト。米国豚肉業者に大打撃を与えているのだった。
同様の貿易シフトはカナダ、メキシコも徐々に行って来たけれど、カナダは米国のTariffへのカウンター措置として、国営リカー・ストアからアメリカ製ウィスキーやワインを撤去。 テスラに100%の関税を課し、米国企業との政府コントラクトを禁止。それによりオンタリオ州でサテライトのインターネット・アクセスを提供するはずだった スペースX傘下のスターリンクとの1億ドルの契約がキャンセルされ、逆にカナダに依存するニューヨークを始めとする米国北東部への電力供給について脅しを掛けられている状況。 そのカナダは2月にTariffが延期された時点で、オクラホマ州最大の収入源であったカナダへのコットン輸出契約を破棄しており、 トランプ政権が望む成果を上げる前に、レッドステーツの貧困層が音を上げると見る声が多いのだった。
加えてアメリカでは暴騰する卵価格に次いで、牛肉価格が急上昇。5年前に比べて43%アップしており、 原因は牛の総数が減り、畜産コストがアップしていること。そして全米最大の牛肉供給元であるネブラスカ州の大手牧場が 労働者不足で 次々と倒産に追い込まれているため。それもそのはずで、ネブラスカ州の牛肉牧場の労働者は70%が不法移民。 トランプ氏が再選されてから移民達は強制送還や迫害を恐れて働きに来なくなり、牧場運営が不可能になっているとのこと。 その深刻さは、「ネブラスカ州自体が倒産に追い込まれる」と危惧されるほどで、”ゴールデン・エッグ”の次は”ゴールデン・ビーフ”になると言われるのが現在。 Tariffに加えて、安価な労働力不足がアメリカの庶民の生活を益々苦しくすると見込まれるのだった。
しかし、一部には「トランプ政権はリセッションをわざと引き起こそうとしている」という指摘もあり、 リセッションが起これば 株や不動産等、全ての資産が安価で手に入り、失業者が増えて労働力も安価になることから、 勝ち組になるのはキャッシュを持って居る大富豪。リセッションが起こる度に、貧富の差が拡大してきたのは歴史が証明する通りで、 現在は近代史上最も貧富の差が開いている状態。そんな中で、深刻かつ世界的な不況が起これば、 世界中の貴重な資産、土地、不動産、ビジネスが全てビリオネアによって買い叩かれるのは時間の問題。
目下トランプ政権が、貧困国の救済や貧困層の健康保険補助を削って実現を目指しているのが 4.5兆ドルの減税案。 その83%、すなわち3兆5700億ドル分の恩恵を受けるのが、既に25兆ドルの総資産を持つアメリカのトップ0.1%。 この大幅減税と大型リセッションが同時に起こる可能性は濃厚で、そうなれば米国封建制度確立のパーフェクト・ストームになると予測されるのだった。



今週のDOGE ウォッチング


トランプ氏が下院でスピーチを行った火曜日夜から水曜に掛けて、アメリカ国土の半分以上が見舞われていたのが竜巻、暴風、大雨、大雪という猛烈なウィンター・ストーム。 またサウス・キャロライナ州では今週から大規模な山火事が起こっており、同州は歴史的な干ばつの後、ハリケーンの大被害に見舞われ、そして今は季節外れの山火事被害で、自然災害三重苦の状況。
そんな中で発表されたのがNOAA(アメリカ海洋大気庁)の大規模レイオフ。NOAAはアメリカが世界に誇る 気象科学のトップレベルの人材と最新のテクノロジーで、 津波、竜巻、ハリケーンの警報から、プロ・スポーツチーム、ミュージック・フェスティバルを含む 様々なビジネスに的確な情報を提供して多大な利益に貢献してきた存在。 そのスタッフを800人解雇し、NOAAのサテライトの代わりに 導入しようとしているのが気象観測の経験が無いイーロン・マスクのスターリンクのサテライト。 スターリンクは前述のカナダのオンタリオとの契約に加えて、メキシコのビリオネア、カルロス・スリムからの多額投資を失ったことから、 その埋め合わせを狙っているようで、航空宇宙局職員に対してもスターリンクのテクノロジーを使うための用途を探させている真最中。
これに対してはUSAID(国際開発庁)の大量解雇以来の大々的な抗議活動が起こっていたけれど、加えて今週 DOGEが停止したのが低所得者へのフード・スタンプと、低所得者への住宅補助金の支給。 しかしUSAIDについては 水曜に最高裁がトランプ政権に命じたのが、既に決まっている貧困国への援助物資の支払い。 援助物資も、フード・スタンプも、多くの国民は 貧困国や国内の貧困層のための救済プログラムという認識しかないけれど、 その実態は米国内の農業、食品業に対して、政府が一定額の売り上げを保証する援助プログラム。 USAIDの食糧援助や低所得者へのフード・スタンプのプログラムがカットされて一番困るのは、国内の農家や食品業界であることが当事者の訴えで 明らかになっているのだった。
先週、確定申告の時期にも関わらず国税局の職員7000人を解雇したDOGEは、今週も3万1000人の政府職員を解雇し、次なるターゲットはCIA。 加えて全政府職員に支給されている業務費用支払い用のクレジット・カードも2週間前から停止。 そんな緊縮財政下で報じられたのが、当初、「無休の長時間労働」を謳ってスタッフのリクルートをしていたDOGEが、ハッカー上がりの20代のエンジニアに何と19万5000ドルの給与を支払っているという事実。
しかもそのスタッフは”効率化省”と言いながら、不当に解雇した職員の雇い直しや消したデータのかき集めなど、 非効率的な作業を行うだけでなく、誤情報発信、取り消し、削除を続けていることから、アメリカ国民には 「政府機関の仕組みを理解していない」、「コンピューター・コードを知らない」、「数字が読めない」、「文字が読めない」と批判されている存在。
イーロン・マスクに対しては、今週共和党議員がプライベートなミーティングで大量解雇や省庁閉鎖には議会承認が必要であるという アメリカの法律を説明。 「手順を踏んで行わないと、せっかくの努力が裁判所に覆される」と説得をしており、この席でマスクは「議会との連絡を密にするために」と、 全員に彼のスマートフォン番号を教えたことから、議員達は「世界一の富豪がスマホ番号を教えてくれるなんて」とそれだけでご満悦。 しかしトランプ氏によれば、 「マスクが決定したことは、議会が反対しても行う」とのことなので、このミーティングによって変わるのは、大量解雇のプロセスにワンクッションが加わるだけ。
別に行われた閣僚ミーティングではマルコ・ルビオ国務長官、ダフィ交通省長官がそれぞれマスクとDOGEによる不当解雇を巡って 怒鳴り合いの大喧嘩をしたことがNYタイムズによってレポートされていたけれど、 トランプ氏の元には、マスク率いるDOGEの行き過ぎた政府解体に関する苦情が、少なからず寄せられているのだった。



"Tesla Takedown"が世界的ムーブメントに


先週末にはマーラゴで行われたイベントに、不自然に膨らんだ身体で登場したことで、防弾チョッキを着用していることが指摘されたのがイーロン・マスク。
今やアメリカでは毎週末テスラの店舗で大々的な抗議デモが起こっており、ニューオリンズで行われた毎年恒例の マルディグラのパレードでは、テスラのサイバー・トラックが通った途端に人々がブーイングをして、物を投げつける様子がSNS上で拡散。 フランスではテスラ店舗前に 停めてあった複数の車両が焼き討ちの被害に遭い、 アメリカでもテスラのチャージング・ステーションが放火に見舞われる事態が発生。 テスラ・オーナーが公道に駐車をすれば落書きをされたり、テスラ売却を促すステッカーが貼り付けられ、ロンドンではテスラを所有する家の前の歩道に スプレー・ペイントで「Swasticar (ナチスの鍵十字”Swastika”と”Car”をくっつけた造語)」と書かれるなど、アンチ・テスラ、 アンチ・マスクの活動が国境を超えて広がっているのが現在。
欧州でマスクが嫌われる原因の1つは、ドイツの選挙でネオナチスの呼び声が高い極右政党を支持したことで、そのドイツではテスラの2月の売り上げが前年比75%ダウン。 オーストラリアでもテスラの売り上げは70%ダウン。 そんなアンチ・マスクのムーブメントはここへ来て、「Tesla Takedown」という万国共通のスローガンの下で纏まりを見せつつあるのだった。
それもあって昨今のマスクは暗殺を恐れ始めたと言われ、にも関わらず4歳の息子の”X”を頻繁に同行するのは、 抱っこしたり、肩車することで 息子をヒューマン・シールド、すなわち暗殺除けにする目的も兼ねていると言われるほど。
今週にはテスラ株がピーク時から40%以上下落し、テスラの取締役会長、ロビン・デンホルムが 3300万ドル相当の株式を売却。マスクの弟、キンバル・マスクさえ株式を売却し、2025年以降、マスクがテスラ株下落で 失った個人資産は1500億ドル。 しかし、マスクのためにツイッター買収資金を工面したモルガン・スタンレーは、アナリストがテスラ株を「長期で買い」と推奨。 そのためSNS上ではモルガン・スタンレーを「悪の手先」扱いする声が飛び交っていたのだった。
今週の下院スピーチでは、トランプ氏がDOGEを率いるイーロン・マスクの功績を讃えたけれど、 これに大喜びしたのが DOGEとマスクに対して訴訟を起こそうとしていた弁護団。昨今マスクは、大統領アドバイザーを名乗り、 「DOGEは以前から存在した部門が名前を替えただけで、責任者は別に居る」と主張。そうしたのはDOGEに対する訴訟で、マスク個人が被告として名を連ねることが無いように 工作するためであったけれど、大統領が下院スピーチで明言したことで、 弁護団はようやくDOGEとマスクを一緒に訴えることが出来るのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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