May 16 〜 May 22, 2022

"Trans Pregger, Stagfration & Rent Hike"
トランス妊夫、スタグフレーション Look Back、レントの恐怖、Etc.


今週のアメリカで最も報道時間が割かれていたのが、先週土曜日にNY州バッファローの黒人層が多い街のスーパーで起こった白人至上主義のティーンエイジャーによる 銃撃事件。黒人のみを10人射殺し、他3人に怪我を負わせた18歳の容疑者は、白人店員を誤って撃った際には謝罪をしたと言われ、 その180ページに渡るマニフェストには、4chanで拡散されている「ユダヤ人エリートが 黒人層をアメリカに増やすことにより、白人との人種優位逆転を狙っている」という ”グレート・リプレースメント・セオリー”の陰謀説に洗脳されている様子が記述されていたのだった。
しかし事件が起こったコミュニティは、ハイウェイがあえて黒人居住エリアを隔離するように建設された経済的に極めて貧しい貧困地区。 事件が起こったスーパーが現場検証のためにクローズしてしまうと、住人は食材や日用品を仕入れる場所を失う有り様。 事実、スーパー・マーケットは特に週末には街の人々が集まる唯一の場所でもあり、容疑者は街の下見によってその様子を熟知して及んだヘイト・クライム。あっという間に50発を発砲した 彼はNY州で販売が禁止されている30発入りの弾倉を複数所持しており、ソーシャル・メディアが陰謀説だけでなく、ヘイト・クライムに及ぶための武器調達を含む武装情報までも 提供している様子を窺わせていたのだった。 そのため今週 高まっていたのが センサーを行わず、白人至上主義者を中心とした過激グループの差別的で暴力的なポストを野放しにする4chan、テレグラムといった ソーシャル・メディアに対する規制と捜査を求める声。
その一方で この事件の2日後の今週月曜に「ツイッターにおけるロボット、フェイク・アカウントの割合の正確な情報を得るまで 買収手続きを保留する」意向を明らかにしたのが 「ツイッターに不当なセンサー無しのフリー・スピーチをもたらす」と謳っていたイーロン・マスク。 ツイッター側によればその割合は5%。しかしマスクのリサーチによれば、バイデン大統領のフォロワーの半分が フェイク・アカウントとのこと。更に今週にはツイッターのエグゼクティブが、「フリー・スピーチなんてあり得ない」と保守系右派へのセンサーを強めている実態を語る盗撮ビデオも公開され、 ツイッターに関するネガティブ・パブリシティが発信されていたけれど、これらがイーロン・マスクによる「買収価格の値切り工作」と見る声は多いのだった。



トランス妊夫の論議


カルバン・クラインと言えば、話題や物議を醸す広告戦略で知られてきたけれど、近年その戦略が 大人しくなってきたと思われていたところに発信されたのが、一見CGでクリエイトしたような妊夫をフィーチャーした最新のキャンペーン。 これがソーシャル・メディアにポストされてからというもの山火事のような勢いで広がったのが大論争。 当然のことながらこの広告を「行き過ぎたWOKEカルチャー」と猛批判して カルバン・クライン・ボイコットを呼びかけたのが保守派。 それに対してLGBTQをサポートするリベラル派は、保守派の差別的な批判にカウンター・パンチを放つ論調を繰り広げており、 久々にカルバン・クラインの広告が大物議を醸していたのだった。
広告にフィーチャーされているのはブラジルのリアリティ・スターで、女性から男性への性転換を行った様子をインスタグラムでレポートし続けた ロベルト・ベットと彼のパートナーであるエリカ・フリーのトランスセクシャル・カップル。 2人の間には既に長男ノアが生まれており、ロベルトは分娩室での12時間に渡る出産の様子、生まれて来たノアの小さな足のスナップを 約4万人がフォローする彼のインスタ・アカウントにポストしているのだった。

保守派のメディアから聞かれるのは、「子供が欲しくて妊娠を望んだのなら、それを女性の身体で自然に行ってから、性転換をするべきだ」、 「トランスジェンダーとして妊娠するのは、その方が世の中の関心を集められて 様々なメリットが得られるために違いない」という批判や指摘。
とは言っても、自分の利益のために妊娠するのはストレートの女性も歴史的に行って来たこと。世継ぎを生んで妻としての地位を固めたり、 子供を設けて離婚の際の養育費や扶養手当の獲得に備える、もしくは中絶が禁じられているカソリックの女性が 男性を結婚に踏み切らせるためにわざと妊娠するというのは珍しくないこと。
中には 「ロベルト・ベットはトランスジェンダーというよりも、まるで雌雄同体だ」、「性同一性障害がまるでファッショナブルであるかのように振舞っている」という反論も聞かれたけれど、 この広告を見た女性の間から聞かれたのが「男性も妊娠する身体だったら良いのに」という声。 女性だけが妊娠するから男女平等が行き渡らないだけでなく、人工中絶という選択肢が如何に女性にとって重要であるかが理解されず、 今さらのように違憲化が蒸し返されているというのがその意見。
カルバン・クライン側は、様々な批判に対して淡々としたリアクションを貫いているけれど、 広告部門としては久々に大きな物議を醸し、多大なパブリシティを獲得したサクセスフル・キャンペーンを打ち出したと言えるのだった。



スタグフレーション、70年代のおさらいと今後


今週には元連銀議長で現財務長官のジャネット・イエレンから、元連銀議長のベン・バーナンキまでが アメリカがスタグフレーションに突入するリスクをコメントしていたけれど、スタグフレーションとは”Stagnation”と”Inflation”を合わせた造語で、 1965年に当時のイギリスの蔵相、イアン・マクロードがスピーチで初めて語り、広まった言葉。 別名は”リセッション・インフレーション”。具体的には失業率が上昇し、景気が悪化する中で物価が上昇する状態を指す言葉。
1960年代の経済セオリーでは、経済が加速した時に起こるインフレ時には失業率が低く、 景気が悪化し失業率がアップすれば 物価が下がるのが自然の摂理のように捉えられていただけに、 「失業率が上がる中でのインフレはあり得ない」と考えられており、それが実際に起こっていることを警告するために イアン・マクロードが語ったのがこの言葉。 スタグフレーションは「経済問題のパーフェクト・ストーム」とも表現され、 どういうプロセスでこれが起こるかと言えば、まずはエネルギーや原料、製品、人手やサービス等が不足するサプライ・ショックが起こって、 生産が低下し、それに伴って生産業の失業者が増えた時に、食糧や生活用品など、品物の量が需要を満たせないほど不足していることから価格が上がり続けるというもの。その状況に 財政・金融政策の落ち度が加わることから更に悪化を招くのが歴史上のシナリオ。

アメリカでスタグフレーションが起こったのは1970年代のオイル・ショックの際。アメリカは1960年代後半に差し掛かると 第二次大戦後から続いた経済ブームが下火になり、他国との競争が激化したことから、工場労働者を中心に失業者が増え始め、 加えて当時のベトナム戦争の泥沼化によって猛烈に膨れ上がっていたのが戦費。そこで米ドルの威信を守るために1971年にニクソン大統領が打ち出した3つの政策が、 90日間の給与と物価の据え置き、輸入品に対する10%の関税、そして金本位制度の廃止。今となっては ”ニクソン・ショック=金本位制度廃止”と思われているけれど、 実は他にも2つの政策が打ち出されていたのだった。しかし1971年から1978年までの連邦準備制度委員会はインフレ抑制のために金利を上げたかと思えば、リセッションと闘うために金利を下げるという 余計な上下動を繰り返し、そのせいでインフレは更に悪化。そして1973年からはOPECが石油価格を2倍、やがて4倍に引き上げたことから 長期に渡るスタグフレーションに突入。景気悪化がピークに達したのは1981〜1982年のこと。

今のアメリカは、パンデミック中からの人手不足、物流チェーンの崩壊とセミコンダクターを含む様々な物資、製品の不足、ウクライナ情勢、物価とエネルギー価格の高騰、 そして継続するコロナウィルスの問題など、1970年代のスタグフレーション再来を予感させる危機的要素が多々あるのは周知の事実。 また製造業が燃料や原料費の高騰分を消費者価格に上乗せする一方で、生産量を減らし、様々な分野で品物が不足し、その結果 インフレが続く現在は、 まさに1970年代のリピートと言える局面。
では前回のスタグフレーションからアメリカがどうやって脱却したかと言えば、その舵取りをしたのが1979年から1987年まで二期に渡って連銀議長を務めたポール・ヴォルカー(写真上中央)。 彼は一時、金利を20%まで引き上げるという極めて大胆な金利政策で、長く続いたインフレに遂に歯止めを掛けた伝説の人物。 そしてヴォルカー同様に大胆な金利政策によるインフレ抑制、スタグフレーション回避を既に打ち出しているのがジェローム・パウウェル現連銀議長(写真上右)。
でも2人には違いがあって、ポール・ヴォルカーは経済学者。彼だけでなく歴代の連邦準備制度委員会議長は全員が経済学者。 それに対してジェローム・パウウェルは元インヴェストメント・バンカーとして初めて連銀議長に就任した異質な存在。 加えて現在は1970〜80年代とは比較にならないほどグローバリゼーションが進んでいることから、 アメリカがヴォルカー並みの高金利を実施した場合、世界経済が破綻せずに乗り越えられるかは実際にやってみなければ分からないのだった。



住宅価格&レント高騰、NYより遥かに恐ろしいエリア 


このところ全米で大きく値上がりを見せているのがレント。 全米50州のメトロ・エリアの平均的なレントは2021年1月に比べて2022年同月には19.8%上昇。 NYはそもそもサンフランシスコと並んで、全米で最もレントが高い街であるけれど、2022年1月のレントは前年比で30%の上昇を見せているのだった。
しかしNYの場合、2020年のパンデミック突入直後に 数多くの住人が州外への流出したことから その時点でレントが30%前後の値下がりを見せており、 オミクロン株が猛威を振るっていた2021年1月は未だレントが比較的安かった時期。 従ってその段階に比べて30%増というのは、高額には変わりないものの プレパンデミックのレベルに戻った、もしくはそれを少し上回る程度のお値段。 それでも昨今のインフレで 食費からUberの代金までもがアップしているので、プレパンデミック・レベルに戻っただけでも家計に大きく響くのは紛れもない事実。 さらには現在のNY市の人口は史上最多と言われ、そのせいでアパート探しそのものが極めて難しい状況でもあるのだった。

そんなNYの比でないほどのレント高騰で苦しんでいるのは、パンデミック中に新しい住人が大挙して押し寄せたテキサス州オースティン、フロリダ州マイアミ、ジョージア州アトランタ、 ノース・キャロライナ州シャーロットといった地域。これらは2020年に流入組がやってきた段階からレントが上がり続けていたところに、 2021年〜2022年に掛けては軒並み33%、36%という高騰ぶりを見せており、特にマイアミのメトロ・エリアは過去1年でレントが平均50%上昇。 平均的なレントが2900ドルとなり、NYに迫る勢い。
こうしたパンデミック中の流入者が多かったエリアで起こっているのが、古く、立地が不便で レントが安くても当たり前の物件が、 新しいオーナーに買い取られた途端にレントが大幅にアップするという現象。 これらのエリアは住人の所得がNYほど高くない上に 生活に車が必要。そのため昨年から続くガソリン代の高騰、インフレによる食費&生活費の上昇の上に、レントが大幅アップという 三重苦が伝えられているのだった。

そんなレンタル事情を更に複雑にしているのが、アメリカの住宅不足と企業による一戸建て住宅の買い占め。 アメリカではパンデミックの影響で新築住宅の建設がストップしたことから、現時点でシングル・ファミリー・ホームが580万世帯不足していると見積もられる状況。 そのため特に過去2年間は低金利も手伝って、よほどの高額物件でない限りは 市場に売りに出た途端に複数のバイヤーが名乗りを上げて、競り合うという完全な売り手市場。
その競り合いで資金力に物を言わせて、キャッシュで一戸建て住宅を買い漁り続けてきたのが不動産企業やアセットマネージメント・バンク。 2021年第3四半期に売却されたアメリカ国内の一戸建て住居の18.2%を購入していたのが 不動産会社や投資会社で、その中には世界最大のアセットマネージメント・バンク、ブラックロックも含まれているのだった。
特に企業の買い漁りが集中しているのがジョージア州アトランタ、アリゾナ州フェニックス、ノース・キャロライナ州シャーロットといった前述の パンデミック後の流入人口が多いエリアで、こうした企業が狙っているのは一般庶民に家を所有させず、一生レンターにすること。 特にエリアを決めて集中的に物件を買い漁り、その地域の家賃を自在にコントロールすることが出来れば、永続的に高額レント収入を得られるというのがその戦略。
事実、企業に競り負けて家が買えなかった人々は、市場が落ち着くまで一戸建てをレンタルする傾向にあり、 企業が特定地域の新参者を相手に 従来よりも高めの家賃で物件を貸し出すことから、エリア全体のレントがそれに引っ張られて高騰する現象を招いているのだった。

しかし企業によるレンタル物件は、近隣住民にとって思わぬ弊害をもたらしているのが現状。 というのも企業がバックグラウンド・チェックをしっかりせずに物件を貸し出す結果、穏やかだった住宅街で いきなり発砲事件や暴走車による交通事故が起こるなど 治安が悪化し、夜中の騒音が激しくなり、ゴミの出し方が煩雑になるなど、秩序の乱れがもたらされているのだった。 基本的に一戸建ての住宅街というものは、そこを買い取った住人が長く暮らして行くからこそコミュニティが形成され、 街ぐるみの協力体制やモラルが形成されて、治安が保たれて行くもの。 ところがレンタルの住人は短期で入れ替わり、地域にコミットしない傾向が顕著で、プライバシーを守るために近所付き合いを避ける人々も少なくないとのこと。
そのため自治体がしっかり形成されている住宅街の中には、「2年以上居住しないバイヤーによる住宅購入を禁じる」といったルールを設けるところも出てきており、 そのルールが出来た途端に、少なくとも現時点では企業による買い漁りが収まっていることが伝えられるのだった。 とは言っても企業側は資金を有り余るほど持っていることから、徐々にそうしたルールを法廷で覆そうという動きに出始めているとのこと。
今後は前述のように 連銀がインフレ抑制対策としてどんどん金利を上げていくので、通常ならば不動産市場が冷え込むのがシナリオ。 事実、住宅金利が5%を超えてからは徐々に購入を控える人々が増えており、その結果 増えるのがレンター。 従来の市場法則では売れない物件が貸し出されることによって、需要と供給のバランスが保たれてきたけれど、現在のアメリカは引き続きの住宅不足。そのため まだまだ高騰しても不思議ではないのが家賃。 既にNYでは月収の半分を家賃に当てなければならない人々が多いけれど、自家用車が必要なエリアでその状況になった場合には、かなりの生活苦との闘いを強いられることになるのだった。

来週、再来週は執筆者旅行中につき、勝手ながらこのコーナーのお休みを頂きます。次回は6月12日の更新となります。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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