May 25 〜 May 31 2020

”Perfect Storm of Social Unrest"
ソーシャル・アンレスト(社会暴動)のパーフェクト・ストーム


今週木曜にはアメリカで新たに210万人が失業保険申請を行ったことから過去10週間の失業者総数は4100万人。 これはアメリカの就業人口のうち4人に1人が失業しているという割合。
その一方でようやく6月8日に第一段階のロックダウン解除の目途が立ったのがニューヨーク市。木曜にはクォモ州知事がマスク着用をめぐる トラブルが頻発する状況を受けて、店側が来店客にマスク着用を義務付ける権限を認める規定を発表。 そうかと思えばテキサス州など、トランプ支持派が多い南部、中西部では「マスクをつけての来店お断り」を打ち出すビジネスが登場。 「マスクをするほど体調が悪いのなら、他の客を守るためにも入店して欲しくない」という独自の理論を展開しているのだった。
これらの州では「マスク着用によってコロナウィルス感染の脅威を煽り、経済の足を引っ張るのは非愛国的」という意見も聞かれるけれど、 今週のメディアで報じられたのが、 シャットダウン解除を求める抗議デモ、及びマスク着用拒否を呼び掛けるソーシャル・メディア・ポストの50%以上が ロボットによって行われていること。すなわちこれらはグラスルーツ的なものでは無く、組織的かつ政治的にデザインされたムーブメントであることが明らかになっているのだった。




そんなアメリカで今週、コロナウィルス報道をトップ・ヘッドラインから追い出し、メディアが最も報道時間を割いたのが ミネアポリスの警察官、デレック・ショーヴィン(44歳)が偽の20ドル札を使用した容疑で逮捕したジョージ・フロイド(46歳)に対し、うつ伏せになった彼の首を膝で締め付けて 死に至らしめた事件。 ショーヴィンは「I can't breathe」というフロイドの懇願や 周囲の市民からの批判を8分以上に渡って無視し続け、救急車がやって来た段階でフロイドは既に呼吸をして居なかったという。
事件が起こったのは月曜で、この様子を収めたビデオがヴァイラルになったことから、現地コミュニティを中心に 怒りが高まったけれど、その火に更に油を注いだのが警察側の事件に関する声明。 「抵抗したフロイドに対して警官が正当な権力を行使しただけ。死因はフロイドのメディカル・コンディション」という説明は、 その後浮上した別のビデオに捉えられていた フロイドの逮捕に協力的な様子とは食い違っていたのだった。

事件翌日にはデレック・ショーヴィンを含む その場に居た4人の警官(白人2人、アジア人2人)全員が解雇されたものの、 「何故普通の人間が行えば殺人罪で逮捕される行為を、警官がやれば無罪放免なのか?」という市民の怒りが爆発。 当初平和的だった抗議活動は、3日目には略奪、放火というヴァイオレンスに発展。 州警察が出動した4日目には更に暴動の規模が拡大し、現地は戦場の焼け野原状態。 特に人々の怒りが集中している警察署はミネアポリス市長が警官に立ち退きを命じており、土曜までに5軒が壊滅的なダメージを受けているのだった。
金曜にはデレック・ショーヴィンがようやく第三級殺人罪と過失致死で逮捕。しかし彼は過去にも逮捕時の過剰暴力で複数の死者を出しており、 たとえフロイドが死亡しても自分は無罪放免になる認識があったとして、 計画的殺害である第一級殺人罪に問うべきというのが多くの市民の意見。 またその場に居合わせ、ショーヴィンを止めなかっただけでなく、集まった市民を威嚇していた残り3人の警官が未逮捕であることも市民の怒りが収まらない要因の1つ。
週末までには警察のアフリカ系アメリカ人層に対する不当な過剰暴力に対する抗議活動が全米の30都市以上に拡大。 これまでにも「Black Lives Matter」の抗議活動は何度となく起こってきたけれど、今回はコロナウィルスの感染問題で人々の精神状態が ただでさえ苛立っているのに加えて、マイノリティを中心に失業者が溢れ、社会への不満が様々な角度から高まっているだけに このまま市民戦争状態に突入しても決して不思議ではないテンションを感じさせているのだった。




ジョージ・フロイドの事件が最悪のタイミングで起こったと言えるのは、過去数週間のアメリカでコロナウィルスに次ぐ大きなヘッドラインとなってきたニュースが 白人の元シェリフとその息子が友人の協力を得て、過去に確執があった黒人男性をシビル・アレスト(民間人による犯罪者逮捕)を装って計画的に射殺した事件であったため。 この事件では黒人男性射殺現場を、偶然その場を車で通り掛かったふりをした共犯者の友人が撮影。 2人の行為の正当性を立証するために撮影されたはずのビデオがヴァイラルとなったことから、 事件再捜査を求める世論が高まり、3人の共謀による計画殺人であった事実が判明。事件から2ヵ月以上が経過してようやく3人全員が逮捕に至ったのだった。

それ以外にも今週には、コロナウィルスで最も死者数が多かった黒人層に対して「これしか黒人が死なないなんて残念だ」と発言した警官が解雇されたニュースが報じられた一方で、 複数都市の警官による逮捕時の過剰暴力を捉えたビデオがソーシャル・メディア上でスポットを浴び、 ジョージ・フロイド事件でテンションが高まるミネアポリスでは、オフィス・ビル内のテナント専用ジムでワークアウトをしていた若い黒人男性テナントが、 白人テナントに「ジムを不正使用している」と通報される事態も発生。 アフリカ系アメリカ人のCBSキャスター、ゲイル・キング(写真上左)はライブ放映中に「黒人層のオープンシーズン(狩猟解禁)なのか」と抗議して、涙で声を詰まらせたほど。

一方、ニューヨークのセントラル・パークでは 犬の首輪のリードを外したまま散歩をして公園ルールに違反していた白人女性、エイミー・クーパー(41歳)に対して、 黒人男性のバード・ウォッチャーが穏やかにリードを繋ぐようにリクエストしたところ、 逆切れした女性が「黒人男性に命を脅かされた」と警察に虚偽を通報。 その様子を収めたビデオがヴァイラルになったことから、女性は年収1800万円のインヴェストメント・バンクの仕事を解雇されているのだった。
ちなみにエイミー・クーパーに対して黒人男性が違反行為を指摘した場所は、セントラル・パーク内でも バードウォッチングが楽しめるほど自然が保存され、その環境を守るためにパーク側が特に厳しいルールを設けているエリア。 彼女の虚偽の通報については、NY市警察が正式にヘイトクライムとして捜査に入ったことが伝えられているけれど、 もしこれを過剰反応だと思う人が居れば、それはアメリカ社会の実態を理解していないということ。 エイミー・クーパーのような白人女性が虚偽の通報をした場合、もしビデオの証拠が存在がしなければ警察が一方的に言い分を信じるのは白人女性。 黒人男性が そのウソの証言だけを証拠に刑務所行きになるのが 少なくともこれまでのアメリカ社会のシナリオ。
しかもエイミー・クーパーが発表した最初の謝罪メッセージは「警官への通報が自分の安全を意味するラグジュアリーが黒人層には無いことを忘れていた」 という白人至上主義者と言われても仕方がない言い分。 そのためニューヨークのユニオン・スクエアやブルックリンで起こっていた抗議デモでは、ジョージ・フロイド事件への抗議と共に、 エイミー・クーパーに対する怒りのメッセージも多数見られていたのだった。




アメリカに長く暮らしていると、社会や人種間のセンシティビティを理解するための歴史を自然に学ぶことになるもの。 アメリカ史上最悪の人種差別と言えば奴隷制であるけれど、1865年に制定された合衆国憲法13条で奴隷制が廃止されてからも そのループホール(抜け穴)として利用されてきたのが、同じ憲法13条で謳われた 「犯罪者に対する処罰としての強制労働は例外」という部分。 そのため特に奴隷による労力が不可欠であった南部や中西部では、自由を勝ち取ったはずのアフリカ系アメリカ人が不当に逮捕されては 合衆国憲法のもとで再び奴隷同然の労働を強いられてきたのはあまり語られていない歴史の側面。
その風潮が脈々と生きている様子は、ブルックリンの地下鉄駅でマスクを顎につけていたアフリカ系アメリカ人の母親が子供の目の前で 6人の警官に床に押さえつけられて手錠を掛けられたのと同じ週に、セントラル・パークをマスク無しで歩く白人層には 警官がマスクを無料配布していた様子にも表れているのだった。 そんな今週には12歳のキードロム・ブライアント少年が 現在の若きアフリカ系アメリカ人の気持ちを代弁するパワフルなメッセージを唄った「I just wanna live」(上のビデオ)が ヴァイラルになり、特に白人層がこれを見て涙する様子が報じられていたけれど、12歳という年齢にして 人種差別や警察の過剰暴力で 命を失うことを危惧して「自分はただ生きたいだけ」と唄わなければならないのは本当に嘆かわしい状況。

これまでにも人種問題が起こる度に「アメリカは全く変わっていない」と語る有識者は多かったけれど、 私が現在のソーシャル・アンレストを軽視できないのは、そんな長きに渡って放置され、悪化の一途を辿ってきた経済格差や人種問題が、 ジョージ・フロイドの事件がトリガーになって、 コロナウィルスが招いた経済不安との相乗作用で これまでとは別レベルに発展する可能性があるため。
トランプ大統領は金曜日に抗議活動者に対するヴァイオレンスを煽るかのようなツイートをして ツイッターからセンサー処分を受けていたけれど、 そんなトランプ氏のツイートを批判する人々は、 ロックダウン解除を求めて自動小銃を持って抗議デモをしていたようなトランプ支持者、白人至上主義グループが トランプ氏のツイートや発言によって 現在起こっている抗議活動の対立パワーへと導かれることを何より危惧しているのが現在。 事実、 ミネアポリスの抗議活動が 略奪や器物損壊に発展した背景にあると指摘されるのが、 抗議活動者に混じった白人至上主義グループ、無政府主義グループによる店の窓ガラスを割ったり、放火をするなどのヴァイオレンスを誘発する活動。
もしそれらに歯止めを掛けることが出来なければアメリカのソーシャル・アンレストはやがて国を二分するパーフェクト・ストームを迎えることになるのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。


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