Oct. 28 〜 Nov. 3 2019
ナショナルズをまさかのチャンピオンに導いた
ベイビー・シャーク・モーメンタム
今週のアメリカで最も報道時間が割かれていたのはカリフォルニアで更に拡大する山火事のニュース。でも歴史的ニュースと言えたのは、
木曜の米国下院議会でトランプ大統領の弾劾決議案が民主党の2人の議員を除く全員の賛成、共和党全員の反対による232対196で可決されたこと。
しかしその日にワシントンDCのトップニュースとなり、与野党が1つになってセレブレーション・ムードとなったのが、ワシントン・ナショナルズのまさかのワールドシリーズ勝利。
第七戦までもつれ込んだワールドシリーズで昨年のチャンピオン、ヒューストン・アストロズを降したナショナルズは、
ホームゲーム全試合で敗れ、ヴィジターの4戦の勝利でチャンピオンに輝いた史上初のチーム。
プレーヤーの平均年齢が高く、5月24日の時点では19勝35敗というリーグ最悪の成績。この時点でワールドシリーズに勝利する確率が僅か1.5%だった
ナショナルズに突如エンジンがかかったのは6月に入ってからのこと。
プレーオフに入ってからは 負けたら後がない”エリミネーション・ゲーム” を5回も逆転で勝利した信じられない粘り強さで、
チームスローガンになった「Finish the Fight」は ツイッターで何度トレンディングになったか分からないほど。
そのナショナルズの6月からの快進撃のきっかけを作ったのがYouTube上で3億5000万回以上のビューを獲得したチルドレン・ソング「ベイビー・シャーク」なのだった。
「ベイビー・シャーク」は小さな子供が居ない私でさえ知っているほどの大センセーションを巻き起こした曲。
そのシンプルなメロディが頭から離れないのは誰もが経験することで、歌詞に登場するベイビー・シャーク、マミー・シャーク、ダディ・シャークに合わせて、
ハンドジェスチャーが指だけでサメが噛むモーションをするもの(ベイビー・シャーク)から、手のひらのモーション(マミー・シャーク)、腕全体のモーション(ダディ・シャーク)に
変わるシャーク・ダンスも子供達の間でヴァイラルになっていたもの。
これが6月から2019年シーズンのワシントン・ナショナルズの非公式チームソングになってしまったけれど、その経緯は外野手のヘラルド・パーラが
バッターボックスに向かう際に球場で流れるウォークアップ・ソングに「ベイビー・シャーク」を選んだのが始まり。
サンフランシスコ・ジャイアンツから移籍してきたパーラがナショナルズの一員になったのはシーズンがスタートしてからの今年5月。
当時のナショナルズは前述のようにスランプの真っ最中で、パーラも12打席連続でヒット無しという大スランプ状態。
そこで気分を替えるために6月19日の対フィラデルフィア・フィリーズ戦からウォークアップ・ソングに「ベイビー・シャーク」を流すように
リクエストしたとのこと。理由は「自分の子供がこの曲が好きなので、子供が喜ぶと思った」という極めて短絡的なもの。
ちなみにフィリーズは、オフシーズンにそれまでナショナルズの看板スターだったブライス・ハーパーをベースボール史上2番目、スポーツ史上3番目に高額な
13年間3億3000万ドルの契約で引き抜いた球団。ナショナルズにとっても、ナショナルズ・ファンにとっても 今シーズン一番負けたくなかったチーム。
その試合で突如ホームランを含む4打席2安打の活躍を見せたパーラは、以来「ベイビー・シャーク」を彼のラッキー・ソングにしてきたけれど、
それはチームも同様。
スランプを脱して突如勝ち始めたナショナルズのスタジアムでは、夏休みに入る頃にはパーラが打席に入る度にスタジアム中の観客が
ダディ・シャークのハンド・ジェスチャーをするようになり、この盛り上がりがナショナルズに不思議なマジックパワーを発揮するようになっていったのだった。
ちなみに上のビデオはプレイオフに入ってからのナショナルズのホーム・スタジアムでの光景。
チャンピオンシップをもたらすモーメンタム(波、勢い)を感じさせるもので、ナショナルズが勝つ度にファンの間で交わされるメッセージは
”シャーク・アラート(サメの警戒警報)” と呼ばれていたのだった。
やがてプレーヤーの間でも、シングルヒットの時にはベビー・シャークのジェスチャー(写真上左)、セカンドベース・ヒットではマミー・シャークのジェスチャー(写真上中央)、
サードベース・ヒットでダディ・シャークのジェスチャー(写真上右)をするようになったことから、
シャークはヒットを打つための縁起担ぎの存在となり、プレーヤーが打席に向かう前に
撫でたり、キスをしていたのがベイビー・シャークのぬいぐるみ(写真下中央)。
またファンもシャークの着ぐるみなどのシャーク・ファッションで現れるようになったことから、
ナショナルズは急遽ヘラルド・ パーラをフィーチャーしたシャークTシャツや、シャークの歯をプリントしたヘッドバンド等、
オフィシャル・グッズを売り出し、それらが大ヒット。
そんなグッズがファンの間に浸透する頃にはパーラの打席だけでなく、試合の様々な場面でシャーク・ダンスが行われるようになり、
そのエキサイトメントに便乗したチームの好調も手伝って ナショナルズの観客動員数はどんどんアップ。
それまで自分の子供に飽き飽きするほど「ベイビー・シャーク」を聞かされてウンザリしていた大人たちが、
球場でこぞってシャークダンスをして大いに盛り上がる様子は 2019年のナショナルズのマジカル・シーズンを象徴する光景と言われるようになるのだった。
そんな観客を楽しませるエンターテイメントはチームにも大きな影響を与えていて、
優秀なベテラン・プレーヤーを揃えている割にはナショナルズに欠けていると言われてきたのがチーム・ケミストリー。
ところが「ベイビー・シャーク」の盛り上がりがスタートして以来、ワールド・シリーズでMVPに輝いたスティーブン・ストラスバーグ曰く
「これまでの野球人生で全くやって来なかったことを試合中にやるようになった」とのことで、
それが何かと言えばハグとダンス。
今シーズンのナショナルズは、シャーク・ダンスとは別にダグアウトで選手達が踊る姿が名物になっていて、
それまで ハイファイブで済ませていた状況がハグに変わったのも今シーズン。
そのせいですっかりチームワークが向上したようで、多くのスポーツライターが今年のナショナルズのサクセスの要因として
挙げていたのが「チーム全体がプレーを楽しんでいた」こと。
これは看板スター、ブライス・ハーパーが居なくなったことからこそ実現したとも言えるのだった。
ナショナルズの勝利は与野党を1つにするセレブレーションであったものの、アメリカ国民を1つにするには程遠いもの。
ナショナルズのチャンピオンシップを報じる記事に見られたのが
「子供が大きくなったら、ワシントン・ナショナルズが最初にワールドシリーズで勝利したのは アメリカ史上最も偉大な大統領、ドナルド・トランプの政権時だったと語って聞かせられる」
というトランプ支持派の書き込みに対して、「ワシントン・ナショナルズがワールドシリーズで勝利したのは、ベースボール・スタジアムで歴代初めてブーイングされた大統領の
弾劾決議案が可決された前日と教えるべき」とアンチ・トランプ派がやり返す様子。
ワシントンという場所柄、スポーツが政治とは切り離せないこともあるけれど、何が起こってもトランプ支持派とアンチ・トランプ派が理由を見つけては争うのが現在のアメリカ。
その一方でワシントンのチームがベースボールのワールド・チャンピオンになるのはここ何十年もあり得ないと思われてきたこと。
ナショナルズはワシントンにとって3つ目の野球チームで、1つ目はワシントン・セネターズというネーミングで1901年に設立され、
1924年にワシントンに唯一のプロスポーツ・チャンピオンシップをもたらしているのだった。
その後1961年にリーグ拡張のため、セネターズのチームの半分が名前をツインズと替えてミネソタに本拠地を移してしまい、
残ったセネターズは1971年にテキサス州に本拠地を移してレンジャーズと改名。
現在のナショナルズはモントリオール・エキスポズが2005年にワシントンに移ってきてネーミングを改めたものなのだった。
2016年にシカゴ・カブスが球団発足から108年を掛けて初めてワールド・チャンピオンに輝いた時にも、
やっと巡ってきたモーメンタムを感じたのを覚えているけれど、今年のワシントン・ナショナルズの勝利は
そのモーメンタムが野球以外のところからもたらされた極めてユニークなケース。
私はスポーツ観戦が好きで、これまでアメリカのプロスポーツの名ゲームやチャンピオンシップを何度となく見てきたけれど、
今年のワシントン・ナショナルズについては「こういう勝ち方もあるのか…」と
スポーツより人生の教訓になったという意味で 忘れられないものになると思うのだった。
執筆者プロフィール 秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。 |
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