2024年7月にヘッジファンド、「シチュエーショナル・アウェアネス」を立ち上げたのが当時22歳、元OpenAIのリサーチャーであるレオポルド・アッシェンブレナー。
彼はその前月に「シチュエーショナル・アウェアネス」というタイトルでAI革命を予言する165ページのエッセイを発表してシリコン・ヴァレーの大注目を集めており、
イヴァンカ・トランプもXへの投稿で大絶賛したそのエッセイに書かれていたのは、
「サンフランシスコのAIラボに勤める数百人のみが、2027年までにAIがAIを作り出すAGI(Artificial General Intelligence)が開発され、
その直後に世界に大きなチャンスとリスクをもたらすスーパーインテリジェンス(超知能)の時代が訪れることを状況認識(シチュエーショナル・アウェアネス)している」という内容。
そして自分達こそがリサーチを通じてAIのシチュエーショナル・アウェアネスを最も理解していると訴えたことで、資金運用依頼のオファーが何件も寄せられたことから
立ち上げたのがエッセイのタイトルと同名のヘッジファンド。
同年11月にはストライプの共同設立者やGitHubのCEO、METAのトップAIエグゼクティブといったIT業界の大物、そして金融大手の取引会社、
ジェーン・ストリートから1億ドルの運用資金を獲得。 サンフランシスコのベイエリアにあるポッドキャスト・スタジオとシェアするオフィスで、
彼が取り組み始めたのが半導体メーカー、データセンター企業などAIブームの恩恵を受けるあらゆる分野への投資。
彼のファンドは僅か数ヵ月で資金を4倍にするリターンを得て、更に大規模な賭けに出るためにゴールドマン・サックスを始めとするウォール街の銀行から借り入れたのが数百億ドルもの巨額資金。
その後もAI投資のブームに乗って順調な成長を見せたものの、2025年夏以降に再び彼が資金調達のためにウォールストリートを訪れた際には、多くの投資家が彼に対して冷ややかなリアクション。
世界最大のヘッジファンド投資家、ブラックストーンも彼のファンドへの投資を見送ったことが伝えられるのだった。
その時点でのシチュエーショナル・アウェアネスは未だ大きなリターンを得ていたものの、ウォールストリートはドットコム・バブル、住宅ローン・バブル等を通じて、
流行りの投資対象だけに注力するヘッジファンドが急激に勢いを増しては急落する事例を過去に見てきており、
アッシェンブレナーのレバレッジを利かせた強気のトレードは、既に打ち上げ花火的な存在として見られるようになっていたのだった。
ではレオポルド・アッシェンブレナーとはどんな人物かと言えば、彼はドイツのベルリン出身で、15歳でコロンビア大学に入学。経済学と統計学を学び、首席で卒業。
その後イェール大学ロー・スクールへの進学を辞退して、暗号資産取引所FTXの慈善活動部門に就職。そこで彼は
データを用いて慈善寄付を最適化する手法として物議を醸す「Effective Altruism / 効果的利他主義」の取り組みに従事。
このFTXは一時スーパーボウルにCMを放映する大躍進を遂げた後、劇的な破綻を遂げ、CEOのサム・バンクマン・フリードは今も服役中。
その後アッシェンブレナーはOpenAIでリサーチャーとして勤務。オタク気質のスタッフが多い中で、スリムな長身、欧州的なルックスの彼は目立つ存在であったものの、
OpenAIは2024年4月に社外秘情報を漏洩したとして彼を解雇。本人は数人の外部研究者との文書共有を認めたものの、
その文書に機密情報は含まれていなかったと主張。本当の解雇理由は彼が2023年にOpenAIの取締役会へ送った
同社セキュリティ体制への懸念を指摘するメモが原因だったと説明しているのだった。
その一方でヘッジファンドとしてのシチュエーショナル・アウェアネスは、投資対象や投資額の集中度、
どの程度のレバレッジ(借入金による投資効果の増幅)を使用するかについては、いかなる制限も設けないと宣言する強気の投資で、
「投資は正しく取り組めば、巨額の利益を生み出せるはず」という主張。
そんな勢いは2026年に入ってからも続いたものの、シチュエーショナル・アウェアネスのレバレッジの使い過ぎは
既に会社の存続を脅かしかねないレベル。さらに同社のポートフォリオはデータセンター構築を支援する
Fluidstack / フルイドスタックのような、非公開で、株式取引量の少ない企業への投資が50%を占めており、
これらは価格が大きく跳ね上がる反面、リスクも極めて大きい投資先。要するにシチュエーショナル・アウェアネスは市場が反転した場合、
すぐに直面するリスクをレバレッジと非公開株の双方で大きく背負っていたのだった。
それでもシチュエーショナル・アウェアネスは、2025年からAIクロードを開発するアンスロピックの未公開株に集中的に資金を投入。
そのアンスロピックが1兆ドルに迫る時価総額評価を獲得する伸びを見せたことから利益が増大しており、
メディアのインタビューに登場したアッシェンブレナーは、AGI関連株への投資で100倍のリターンを宣言。
しかし写真で見るとAI業界には珍しいシャープで美男の彼も、一度喋らせるとその声や話し方は著しいイメージダウン。
それもあって彼のような投資の未経験者が語るように相場が動くはずはないという疑念はウォールストリートに蔓延し、
実際その兆候が徐々に現れていったのだった。
2026年6月末、シチュエーショナル・アウェアネスは同年上半期の439%のリターン、創設以来1550%のリターンを高らかにインベスターに報告。
設立から2年のヘッジファンドの運用資金はピーク時で450億ドルに達していたけれど、6月の段階から既に幕を開けたのが株式取引市場最高額の損失へのシナリオ。
シチュエーショナル・アウェアネスがポートフォリオに抱えるAI関連株の下落は6月からスタートしており、
その売却に更なる拍車が掛かったのが7月に入ってからのこと。中でもインテルは6月末に約140ドルであった株価が7月17日までに95ドルまで下落。
7月23日に好調な四半期決算を発表する前後に一時上昇の兆しを見せたものの、再び株価が下落したことで市場に広がったのが
インテル株の大株主が何等かの理由で売り逃げを図っているという不安感。翌24日にはアジアの半導体メーカー株が大きく値崩れし、Bloom Energy, Sandisk, Corewave, SK Hynixといった
大幅下落株は、全てシチュエーショナル・アウェアネスのポートフォリオを形成する銘柄。
この日、アッシェンブレナーはこれらの下落を「買い時」と宣言。更なる資金調達を求めるメッセージを投資家に送付して、
翌日7月25日に結婚式を挙げているのだった。
しかし多くのAI銘柄が10%以上下落し、中には6月につけた最高値から50%下落するケースも見られる中、シチュエーショナル・アウェアネスのポートフォリオも7月に入って30~50%ダウン。そして7月29日に
同社が多額の借り入れをしているゴールドマン・サックスから受け取ったのがマージン・コール。すなわちレバレッジ取引をキープするための不足分を補填を依頼する連絡。
そこでキャッシュを捻出するためにアッシェンブレナーが行ったのはポートフォリオの売却であるけれど、10億ドル単位で株式を売却しようとすれば、
当然それに買い手がつかないまま価格が下がり続け、手元の資産がどんどん目減りするのが市場の法則。この段階でシチュエーショナル・アウェアネスが生き残れる道はただ1つ。
それは既に215億ドルに激減していたポートフォリオのうち、借入金160億ドル分を「ブロック・トレード」という一括取引で買い取ってくれるバイヤーを探すこと。
そしてこれだけの額の取引を即決できるバイヤーとしてアッシェンブレナーが交渉を始めたのが世界最大級のヘッジファンド、ケン・グリフィン率いるシタデル。
シタデルは710億ドルのファンドを運用し、これまでにも何度もマージンコールで危機に陥ったヘッジファンドのポートフォリオを救済という名のブロック・トレードで買い取り、
多大な利益を上げて来た存在。ブロック・トレードは既に下落した市場価格から更なるディスカウントで成立するので、株価が回復しただけでも買い取った側には大きな利益をもたらすのは言うまでもないこと。
ケン・グリフィンは2024年のメディアとのインタビューで「どんなに正確な情報を集めても、1つのセクターに投資を集中させると一度それが傾けば救いようが無くなる」と語っており、
AI株に集中投資し、AIによって追い込まれる企業のショート取引を、どちらもレバレッジを掛けて行っていたシチュエーショナル・アウェアネスは、ケン・グリフィンの目から見れば
ブロック・トレードに追い込めるカモ。
7月29日に交渉を始めたグリフィンとアッシェンブレナーは翌7月30日には合意に達し、グリフィンはシチュエーショナル・アウェアネスのポートフォリオの大半を市場価格から10%の割引で購入。
シチュエーショナル・アウェアネスは50億ドル相当のポートフォリオを残して破綻を免れたものの、
彼が7月後半だけで失った350億ドルは株式取引市場最高額の損失という不名誉な記録を打ち立てているのだった。
世の中はこのストーリーを、優秀でも未熟な投資家の無謀な賭けが失敗に終わったというシンプルなストーリーで片づけがちであるけれど、市場関係者が指摘するのがもう1つのシナリオ。
ケン・グリフィンはシタデルだけでなく、俗にいうマーケット・メーカーの役割を果たすシタデル・セキュリティも同時に経営しており、シタデル・セキュリティが市場のムードをコントロールし、
シタデルがそれを利用した投資をするという関係は、利益相反にあたりそうなものであるけれど合法。 市場を動かしているのは人間心理で、それは特に失うことに敏感であることから、
「大口投資家が売り逃げようとしている」という気配を察知しただけで、業績とは無関係に株価は下がるもの。マーケット・メーカーが市場で果たす役割は、株価自体を動かすことではなく、
市場のムードをコントロールする売買を行うこと。前述のインテルの株式はシチュエーショナル・アウェアネスがポートフォリオに含まれていただけでなく、
他の半導体メーカーへの市場の疑心暗鬼を煽るための恰好の銘柄。したがって、頭脳明晰でも市場経験が浅いアッシェンブレナーのシチュエーショナル・アウェアネスが、
まんまとシタデルのカモにされたという見方は多く、皮肉なことにシタデルによるブロック・トレードが成立した途端、シタデルを信頼する投資家が
再びAI関連株を買い戻し、下落が回復する事態が起こっていたのだった。
アッシェンブレナーは投資家に宛てたレターで、ポートフォリオの大半を失ったことを認めながらも、2026年度のリターンが未だ80%あることを強調。
レバレッジ取引についても、リスクを反省しながらも、その方針を改めるとは語っていないのだった。


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