Aug. Week 1, 2011
” Alexander McQueen Savage Beauty at Met ”
” アレクサンダー・マックィーン回顧展 :
サヴェージュ・ビューティー At メトロポリタン美術館 ”





5月4日から8月7日までメトロポリタン美術館のコスチューム・インスティテュートで行なわれていたのが 2010年2月に 自殺したデザイナー、アレクサンダー・マックィーンの回顧展、「サヴェージュ・ビューティー」。
メトロポリタン美術館のコスチューム・インスティテュートは、毎年のようにテーマを決めてファッションの展示を行なっており、 そのオープニングに行なわれるのが、毎年CUBE New York でレッド・カーペット・ファッションを紹介しているコスチューム・インスティテュート・ガラ。 今年のガラでは、例年より多い$10ミリオン(約7億8000万円)の寄付金を集めたことが伝えられているのだった。

私はメトロポリタン美術館のメンバーになっているので、コスチューム・インスティテュートのエキジビジョンを毎年 見に行っているけれど、 正直なところ、ファッションを見慣れている人間にとっては、お世辞で 「興味深い」程度にしか思わない展示が少なくないのが実情。
でも今回のアレクサンダー・マックィーンの 「サヴェージュ・ビューティー」は、圧巻のクリエイティビティとクラフトマンシップを存分に見せ付ける 素晴らしさで、初めて心から感動したと言えるコスチューム・インスティテュートのエキジビジョンなのだった。




同エキジビジョンでは、1992年のアレクサンダー・マックィーンの初コレクションから、彼が死去の直前まで手掛けていた2010年秋冬コレクションまでの 19年間に渡るクリエーションの中から、約100点のアウトフィットに加えて、アクセサリーを展示しており、 テーマごとに分かれたセクションの一部は、メトロポリタン美術館のウェブサイトで閲覧できるようになっているので、 その雰囲気は、エキジビジョンが終了した今も、サイトの写真から窺うことが出来るのだった。
私が「サヴェージュ・ビューティー」を見に出かけたのは、実は2週間ほど前のことで、通常、私がコスチューム・インスティテュートのエキジビジョンを観に行くのは、 アメリカの学校が夏休みに入って 旅行者が増える前の6月。 でもこのエキジビジョンはオープニング当初から大人気であったため、もうちょっと人気が落ち着いてから・・・、と時期を見計らっていたところ、 通常のエキジビジョンとは異なり、時間が経てば経つほど、口コミやメディアの報道で来場者数が増える一方。それにつれて、待ち時間もどんどん長くなっていることが 伝えられていたのだった。
これを受けてメトロポリタン美術館側でも、展示期間の延長を決めただけでなく、休館日や閉館後に「サベージュ・ビューティー」の プライベート閲覧を受付けるなど、増え続ける来場者に対応する努力を見せていたけれど、 それもそのはずで、「アレクサンダー・マックィーン:サベージュ・ビューティー」の入場者数は、最終日を待たずして、7月末の時点で57万人を突破するという大人気ぶり。
メトロポリタン美術館で過去50年間に行なわれてきた、全てのエキジビジョンのトップ20内にランクされる入場者数を記録しており、 8月6日、7日の最後の2日間については、同エキジビジョンを夜中の12時まで公開するという、メトロポリタン美術館の歴史上初の試みが決定。
でも最後の最後に観に行こうとすると、とんでもない混雑に巻き込まれると思ったので、7月最終週に出掛けたけれど、チケットをウェブサイトで購入しない限りは、まず入館の時点で長蛇の列。 私の場合、美術館のメンバーなのでチケットを買う必要が無い分、待ち時間が短かったけれど、同エキジビジョンのお陰で メトロポリタン美術館は、 例年の同時期の2倍に当たる、1万7500人ものメンバーが増えたことが報じられているのだった。
また、エキジビジョン・プログラムも45ドルと決して安くないお値段にも関わらず、美術館のショップ内だけで5万5000部を販売しており、これにウェブサイトのオーダーを加えると、 ここでも記録破りの売り上げを記録しているのだった。





最終2日となった先週の土曜日には、朝10時頃 セントラル・パークを走っていたら、5番街から伸びたメトロポリタン美術館の入場者の行列が セントラル・パークのランニング・コースの手前まで伸びていたのでビックリしてまったけれど、2年前のピカソなど、今まで人気のエキジビジョンはいろいろあったとは言え、 そんな行列が出来ていたのは初めてのこと。
最終2日は、共に日中は蒸し暑く、夕方過ぎからは雨が降り出していたけれど、入場者の数がやっと落ち着きを見せたのは、両日とも夜の10時過ぎ。 アレクサンダー・マックィーン死後、初めての、しかも大規模な回顧展なのに加えて、4月に行なわれたロイヤル・ウェディングで、後任のデザイナー、サラー・バートンが、 ケイト・ミドルトンのウェディングを手掛けて、アレクサンダー・マックィーンのブランドの知名度を上げたこともあり、 ニューヨーカー、旅行者を問わず、人々が大挙して訪れたのが「サヴェージュ・ビューティー」なのだった。

同エキジビジョンは、彼の死後から1年以上を掛けて周到な準備が行なわれており、美術館のスタッフや、毎年イベントを協賛しているヴォーグ誌のスタッフだけでなく、 アレクサンダー・マックィーンを良く知るファッション関係者が その企画と構成に深く関わっているのだった。 なので 会場のセッティングから展示の手法、ライティングまでが、 アレクサンダー・マックィーンの作品を見せるに相応しい最高のステージ。
また展示作品も、ランウェイで発表された作品に加えて、個人のコレクションから借し出された作品が含まれており、 アレクサンダー・マックィーンのクリエーションの歴史がクリアに感じられる構成がなされていて、 デザイナーとして、そしてアーティストとしての彼の作風が、非常に的確に打ち出されていたのも特筆すべき点になっていたのだった。




多くのファッション関係者が、「デザイナーとしてのアレクサンダー・マックィーンの軌跡を これほど見事に表現したエキジビジョンは 他にあり得ない」と絶賛していた「サベージュ・ビューティー」であるけれど、 同エキジビジョンが ファッションに関心が無い人々、アレクサンダー・マックィーンの名前をそれまで聞いたことが無かった人々にもアピールしたのは、 多くのメディアが報じていたこと。 実際、「サベージュ・ビューティー」は、これまでのコスチューム・インスティテュートのエキジビジョンの中で、 ファッションがアートになり得ることを 最も強烈に印象付けた と言われるもの。
それと同時に、人々がこのエキジビジョンを見て感動する要因の1つが、彼が19年のデザイナー活動で、常に斬新なデザインを ハイテク素材や伝統的な技巧、最新のテクノロジー、最高のクラフトマンシップを駆使して打ち出してきたこと。 なのでアレクサンダー・マックィーンというデザイナーの持ち味や個性は、スタイルが異なってもその作品の中に脈々と流れているけれど、 似たようなクリエーションに甘んじる事無く、他のデザイナーには決して作れないオリジナルを生み出してきた素晴らしい才能が、 痛々しいほどに伝わってくるのが同エキジビジョンなのだった。




デザイナーの中にはラルフ・ローレンのように、斬新さを感じるクリエーションではないものの、人々のスタイル・ニーズを捉えて、 服に限らず、幅広いプロダクト・ラインを手掛けて、商業的なメガ・サクセスを 築くタイプもあれば、アレクサンダー・マックィーンやバレンシアガのニコラ・ゲスキエールのように、常に時代と自らの心の乾きを作風に反映させて、 時に奇想天外なスタイルを見せるタイプ、そしてその中間を行く存在があるけれど、最も製作のプロセスが苦しいと思われるのはマックィーンや、ゲスキエールのような アーティスト・タイプ。
もちろん、「サベージュ・ビューティー」で展示されていたのは、アレクサンダー・マックィーンの作品の中でも ドラマティックかつ、シアトリカルなものが中心で、 彼のブティックに角が生えたジャケットなどが売られていた訳ではないのは当然のこと。 でも、普通のジャケットやドレスにしてもアレクサンダー・マックィーンの作品はカットが本当にきれいで、 他のデザイナーの服よりもシルエットが美しく、スタイルが良く見えると思うのだった。なので普通に着る服を作らせても、 アレクサンダー・マックィーンは優れているというのが私の意見だけれど、ファッション・デザイナーが他のアーティストよりずっと厳しい職業だと思うのは、 年に2回の大きなコレクションに加えて、プレ・フォール、アーリー・スプリングなどの小さなコレクション、セカンダリー・ラインやフレグランス、アクセサリーなど、 ありとあらゆるプロダクトを手掛けなければならないこと。しかもコレクションはスケジュール通りに発表しなければならない訳であるから、 年に何度もクリエーションの締め切りを抱えているようなもの。
そう考えると、圧巻の才能の持ち主で、かつ完璧主義者であったアレクサンダー・マックィーンが自殺してしまったというのは、 何となく理解できるような気もしてしまうけれど、彼のようなデザイナーは これまでにも居なかったし、 これからも、もう出てこないように思うのだった。

ところで、7月末にはアレクサンダー・マックィーンの遺書に基づく、遺産配分が明らかになっているけれど、それによれば彼の遺産の大半である約20億円は彼自身の チャリティに支払われ、兄妹がそれぞれ日本円にして3200万円程度。それ以外は、彼の甥と姪、ハウスキーパー、そして彼の3匹のイングリッシュ・ブルテリアがそれぞれ約600万円を 相続する他、アニマル・シェルターや仏教のお寺、そしてゲイである彼らしく、セーフ・セックス・ヘルス・グループが それぞれ約1300万円を受け取ることになっているという。





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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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