June Week 4, 2011
” Last Year at Marienbad ”
” ラスト・イヤー・アット・マリエンバード ”




私は、大学時代に難解な映画を観るのに凝った時代があって、その頃、理解するしないは別として 好んで観に行っていたのが、フランスのヌーベルバーグ映画。
こうした映画は、小さな劇場で 2本立てで上映されていることが多くて、その頃、仲が良かった友達と 半日を潰して映画を観に行くことが何度もあったけれど、記憶力を自慢している私でも、 当時観た難解な映画の数々は殆ど忘れてしまっていて、ストーリーはおろか登場人物さえ思い出せないものが殆ど。
でも、意味が分からなかったにも関わらず、そのインパクトが強烈で、忘れられない映画となったのが、 「 ラスト・イヤー・アット・マリエンバード」。日本語のタイトルは「去年マリエンバードで」、フランスの原題は「L'Annee derniere a Marienbad」。

これはジャン・リュック・ゴダール監督らと並んで、フランスのヌーベル・バーグ(フランス語でニュー・ウェイブ)を代表する アラン・レネ監督の1962年の作品で、ヴェネチア映画祭で、金賞を受賞した映画。
シネマトグラフィーの分野でも革命的な作品と言われるほど、映像が素晴らしいことで知られるモノクロ映画であるけれど、 観る人によって映画の評価が180度異なる作品としても知られており、 同作品は「2001年宇宙の旅」、「ブレード・ランナー」、「メメント」等と共に、タイム誌が選んだ 「観ていて最も混乱させられる映画トップ10」の1本に選ばれているのだった。




人によっては、「ストーリーがある」と言い、人によっては「ストーリーが無い」というこの映画の舞台は、 リゾート地にあるシャトー。華美なまでに美しく、冷たくデコレートされたこのシャトーで、 男女が再会するけれど、その男女のキャラクターには名前が無く、 男性は”X”、女性は”A”と解説に書かれているのみ。
観ているうちに、男性が昨年女性に出会って 恋をし、1年後に再会して彼女を夫のもとから連れ去る約束をしたと思しき 筋書きが見えてくるけれど、「自分達は去年マリエンバードで出逢っている」と言う男性に対して、女性は「彼を知らない」と言う。
映画の中では、現在、過去、ファンジーのシーンが入り組んで、その境界線が極めて曖昧なので、 観る人によって、理解が非常に異なるのが同作品。 映画の中でも、女性が言っていることが真実なのか?男性が言っていることが真実なのか?という疑問が浮上してくるけれど、 この映画のレビューについても、誰の解釈が正しいのか?という疑問と同時に、果たして正しい解釈というものが存在するのか?という 疑問さえも沸いてくるのが この作品なのだった。




この映画は 単純な台詞の連続が多く、初めてこの作品を観た頃に、ちょうど大学でフランス語のクラスを取っていた私は、 観終わった後、一部の台詞が頭の中をグルグル回っていたのを鮮明に覚えているけれど、 私にとって、インパクトが強烈だったのは、やはり映像の美しさと不思議さ。
加えてココ・シャネルが担当したコスチュームのタイムレスな美しさで、この映画が50年近く経過した今でも、 不思議にモダンで、エッジーな印象を与えるのは、そのコスチュームが時代遅れに感じられない部分が大きいと思うのだった。
また、同映画で最も有名なシーンの1つは、写真一番上の庭園のシーンだけれど、木々の影が無いのに、人間の影だけが地面に 異様なまでに長く びている映像は、 様々なアートに真似されたり、CMのイメージとして用いられてきたもの。 最近では、シャネルの2011年の春夏コレクションのランウェイ・ショーが、同シーンをモダンに再現したセットで行なわれているのだった。




私が久々にこの映画を観るきっかけになったのは、先週のニューヨーク・タイムズ紙のアートセクションに掲載されていた記事。
この記事の中では、展開がスローで、退屈と思われる映画でありながら、人々が議論をせずに居られない作品の数々について、 ニューヨーク・タイムズ紙のムービー・クリティックが意見を語っていたのだった。
そしてその中で、もちろん名前が挙がったのが 「ラスト・イヤー・アット・マリエンバード」だったけれど、 この記事を読んで ふと思ったのが、映画というのはエンターテイメント性の高い娯楽フィルムだと、2時間の映画があっという間に感じられてしまうということ。 でも、展開がスローで アート性を重んじる映画というのは、2時間の映画が3時間に思えたり、4時間に思えたりするもの。 下らない2時間映画が4時間に感じれる場合は、時間を無駄にした以外の何物でも無いけれど、 少なくとも芸術性を評価せざるを得ない2時間映画を観て、それが4時間に感じられた場合、 脳裏には ストーリーや映像など何らかのインパクトが残っていて、それが後に賛否、好き嫌いに分かれたとしても、 どんな娯楽映画よりも 観た人々を議論させる要因になる訳である。

現在の世の中だと、時間に追われて、時間があっという間に過ぎて、振り返ると1週間、1ヶ月、1年という月日がどんどん短く感じられてしまうけれど、 そんな中で 2時間という時間を2倍に感じさせてくれて、その間に何らかの心理的なインパクトをもたらす経験をさせてもらえるというのは、 有り難味を感じるべきもの。
なので毎日の生活がめまぐるしくて、自分をリセットしたいと思った時に、「ラスト・イヤー・アット・マリエンバード」のような作品を観て、 あえてスローで、長く感じられる時間を味わうことは、セラピーのような効果があるように思うのだった。





ところで、この映画はつい最近になって写真左のDVD2枚組みが39ドルで発売されるまでは、 DVDが 日本円にして2万円近くという 信じられないお値段。 それほどに カルト的なファンが多いことで知られるのが同作品なのだった。
このDVDを購入した人の中には、デジタル修正の時点で、映画の持ち味が失われたとクレームをする人も居るようだけれど、 私は40ドルでこの映画が手に入る方が嬉しいと思っている方。
観る度に 自分の中での解釈が異なったり、長く感じられたり、短く感じられたり、新しい発見があったりする 不思議な作品で、何時でも見たいと思う類の映画ではないけれど、 時々、むしょうに観たくなるのがこの作品。
圧倒的に美しい映像が視覚センスをストレートに刺激する一方で、難解なストーリーやその展開が思考を混乱させる、 そのコントラストが何ともたまらない魅力になっているのが 「ラスト・イヤー・アット・マリエンバード」。 もし、簡単に理解できて 映像だけが美しい作品だったり、難解で映像に魅力が無い作品であったら、 これほどまでのアピールは無いと思うのだった。
嫌いな人は、退屈で途中で眠ってしまうし、コテンパンにけなす人も少なくない作品であるけれど、 私は同作品を非常に好んでいるのだった。





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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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