Designer, Celeb Stylist、Mick's Lover...
Why L'wren Scott Ended Her Life?


デザイナー、セレブ・スタイリスト、ミック・ジャガーのGF…、
何故、ローレン・スコットは自殺を図ったのか?



3月17日の夕方にショッキングなニュースとして伝えられたのが、 デザイナーで、ミック・ジャガーの長年のガールフレンドとして知られる ローレン・スコット(49歳)が自宅で自殺を図ったというニュース。

ローレン・スコットは、約190cmという長身と美貌を生かして、80年代にはモデルとして活躍。 90年代に入ってからはセレブリティのためのスタイリストとなり、エリザベス・テーラーのフレグランスのCM、 映画「アイズ・ワイド・ショット」、「オーシャンズ・サーティーン」のスタイリング等を担当。
それ以外にも雑誌の撮影で マドンナ、ジュリア・ロバーツ、トム・ハンクス等、数多くのセレブリティのスタイリストを務め、 ファッション・ウィークのランウェイ・ショーでは フロント・ローにヴィクトリア・ベッカムらと並んで姿を見せるほどの 売れっ子スタイリストになっていたのだった。
彼女はセレブリティの友人も多く、特に親しい関係が伝えられていたのが二コール・キッドマン、サラー・ジェシカ・パーカー、 そしてエレン・バーキンといった顔ぶれ。彼女らは、いずれもローレン・スコットの作品を レッド・カーペット上で着用するセレブリティ・クライアントとしても知られているのだった。

その彼女がミック・ジャガーとの交際をスタートしたのは2001年のこと。
当時彼女は、マーティン・スコセシ監督が手掛けた ローリング・ストーンズのドキュメンタリー映画「Shine a Light / シャイン・ア・ライト」の スタイリストを務めており、それがきっかけで知り合ったミックとの交際が ずっと続いていたのだった。
2人は様々なファッション関係のパーティーに一緒に現れては、仲睦まじい様子を見せており、 ミックはローレンのキャリアを常にサポートする姿勢を見せていたことが伝えられていたのだった。

そんなローレン・スコットが自殺を図ったのは、前述のように3月17日のこと。 朝8時に彼女のアシスタントに、「自宅に来るように」とスマートフォンからメッセージを送っており、 アシスタントが午前10時にローレンが住むチェルシーのコンドミニアムを訪れて、デュプレックスのフレンチ・ドアのノブに 黒いスカーフを引っ掛けて首を吊って自殺している彼女を発見。
警察は、後に検死を行ったものの、ほぼ疑いなしに自殺と認定。 でも遺書や書置きは現場からは発見されていないのだった。






その時、ローリング・ストーンズのワールド・ツアーでオーストラリアを訪れていたミック・ジャガーは、 レストランで知人と食事をしている最中に、レストランのメイトルディーから その悲報を伝えられたという。
彼は、衝撃を受けながらも食事を突然切り上げてホテルに戻らなければならないことを 食事を共にしていた知人やレストランのメイトルディーに謝罪してその場を去ったものの、 その後はホテルにこもりきりになり、ローリング・ストーンズは当然の事ながらツアーのスケジュールを延期。
ミックはショックで、睡眠不足と食欲不振に陥ったことが報じられ、娘に付き添われて ロサンジェルスに戻ったことが報じられているのだった。

当初、自殺の原因は彼女とミック・ジャガーの不仲と言われ、ニューヨーク・ポスト紙は「2人が、 ミックがワールド・ツアーに出掛ける前に別れていた」と報じたけれど、これは その日のうちにミックのスポークス・パーソンによって否定されているのだった。

でもイギリスのメディアが彼女の死の翌日には報じていたのが、ローレン・スコットのデザイナー・ビジネスが 大赤字で経営不振に陥っていたというニュース。
スタイリストであったローレン・スコットが自らのブランドを立ち上げて、デザイナーとして活躍をし始めたのは2006年のこと。 彼女の作品は、先述の、二コール・キッドマン、サラー・ジェシカ・パーカー、エレン・バーキン以外にも アンジェリーナ・ジョリー、ウマ・サーマン、ぺネロピー・クルーズ、サンドラ・ブロック、ジェニファー・ロペス、 そしてミシェル・オバマ大統領夫人や、カーラ・ブルーニ・サルコジといったファースト・レディにも着用されていたのだった。
しかしながら、彼女のドレスは自らの完璧なボディを美しく見せるかのような超スリムなシルエットが殆ど。 したがって、それが着用出きる顧客が限られている上に、高額であることから、それほど沢山の ストアが取り扱っていた訳ではないのは容易に想像が付くところ。

やがて自殺の2日後には、ローレン・スコットがファッション・ビジネスから撤退するというニュースが 3月20日、自殺の3日後のニューヨーク・タイムズ紙のスタイル・セクションで、ローレンの友人のファッション・エディターの記事によって 発表されることが明らかになったのだった。
結局、このローレン・スコットの記事はそのまま掲載されたものの、その隣には 彼女の追悼記事が 掲載されることになってしまったのだった。
ローレン・スコットは、2013年秋にはバナナ・リパブリックとのコラボレーションをしており、 約3億円のフィーを受取ったことが伝えられているものの、それではビジネスの負債をまかないきれなかったようで、 ミック・ジャガーが彼女に買い与えたチェルシーのコンドミニアムの住宅ローンの支払いを ビジネスの借金の返済に当て始めていたことも、後に明らかになっていたのだった。






ローレン・スコットのビジネスが抱えていた負債は、日本円にして約6億円。 その負債額は増え続けていたことが伝えられ、彼女は2月のロンドン・ファッション・ウィークの開催期間中に行う予定であった 2014年秋冬コレクションのランウェイ・ショーを 生産の問題を理由にキャンセルしているのだった。
またその頃から、精神の不安定が伝えられており、自殺未遂とも取れる行為をしたことも伝えられていたという。

加えて彼女を追い詰めていたと言われるのが、ミック・ジャガーの娘達や、ローリング・ストーンズのメンバーがローレンを 好んでいなかったという事実。娘達もバンドのメンバー達も、ローレンがミックのことをコントロールし過ぎることを疎ましく思っており、 今回のワールド・ツアーにしても ミックに同行するつもりでいたローレンは、間際になってその同行をミック本人に断わられたことが伝えられているのだった。
加えて、彼女はストーンズのメンバー全員にツアーのコスチュームの提供をオファーしたものの、それも断わられて、 彼女がデザインするコスチュームを着用したのはミックのみ。
49歳を迎えて、ミック・ジャガーとの結婚を望んでいたと言われるローレン・スコットにとって、彼の娘やストーンズのメンバーから感じる疎外感は、 彼女が完璧主義で、人に好かれるよう努力するタイプであるだけに 精神的な苦痛になっていたという。

ローレン・スコットと親しかった友人達でさえ、予想しえなかった彼女の自殺であるけれど、 ショックを受けたのは長年の恋人であるミック・ジャガーも同様で、彼はローレンの死の翌日、 「今も、どうしてこんなことになったか、理解が出来ない」とスポークスマンを通じてコメント。
しかしながら、グラミー賞などイベントがある度に、往年のロッカーとして若い女性セレブリティから もてはやされるのを好む ミックの姿も、少なからずローレンに対するプレッシャーになっていたとのこと。

そのローレン・スコットの遺体は、ミックの希望でニューヨークからロサンジェルスに移送され、 ミックが彼女のために用意した墓地に葬られることになったのだった。






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