Sep 13 ~ Sep 19 2026

Macklemore Gate!?
エド・シーラン・ツアー物議が証明した、もはや中立が許されないアメリカ


 今週のアメリカは、先週アンスロピックを辞職したAI研究者が「AIが程なく人類を滅ぼす」と語ったのを受けて、アンスロピックのCEO ダリオ・アモデイが、 AI開発のスローダウンと政府規制を呼び掛け、オープンAIのサム・アルトマン、xAIのイーロン・マスクがこれに同調したけれど、トランプ氏は 「高いIQの優秀な大統領の下ではその必要は無い」と取り合わない姿勢。世の中全般でもAIを脅威に感じながらも、 「深刻な赤字経営を続けるオープンAIにとっては、これが株式公開延期の恰好の言い訳になる」、「AIが他社レベルに追いついていないxAIにとっては、 他のAIに追いつくチャンス」、「アンスロピックにとっては同社AIが如何に優秀であるかをアピールし、政府規制を受け入れる姿勢を見せることで、 今後AIが原因で起こる問題の責任を政府に転嫁しようとしている」という指摘も聞かれていたのだった。
 今週それよりも危機的に捉える人々が多かったのは、連邦準備制度理事会が、インフレに歯止めをかけるために2023年以来の金利引き上げを行ったことで、 これにより米国10年国債の利回りは5.02%。前回10年債利回りが5%を超えたのは日本で言うリーマン・ショック直前の2007年のことで、 金融界では10年債5%というのは超えてはならない禁断の境界ライン。
この利上げにより米国住宅金利は7%を超え、5年前の3倍。もちろんこれはアメリカだけでなく、 イギリスの10年債は2007年以来の高水準、フランスも2008年以来、ドイツは2011年以来の高水準で、日本については1996年以来の高さ。
 このペースだと米国国家債務は2029年までに50兆ドルに達し、利息の支払だけで税収の60%に当たる4兆ドル、財政赤字は毎年5兆ドルが見積もられ、 恐ろしいのはこれが「リセッションが起こらないことを想定した楽観的な数字」と言われることなのだった。



”パレスチナ解放”を”反ユダヤ”に摩り替えたシオニスト&極右メディアが招いたバッシング


 今週最もメディアとSNS上で物議をかもしたのが、エド・シーランのツアーでオープニング・アクトを務める全4組のミュージシャンと彼のバックバンドがツアー離脱を表明し、 突如彼のツアーが継続不可能な状況に陥ったニュース。 事の発端は、9月初旬にニュージャージーのメットライフ・スタジアムで行われたエド・シーランのコンサートでオープニングを務めたラッパーのマックルモアが、 「Free Palestine/パレスチナに自由を」と呼びかけるスピーチを行ったこと。これを反ユダヤ声明として騒ぎ立てたのがFOXニュースやNYポストを始めとするトランプ保守メディア&インフルエンサー。 印象操作的な報道が行われた結果、それに反応したのがシーランのその後のコンサート会場となるマサチューセッツ州ジレット・スタジアム、及びそこを本拠地にする NFLニューイングランド・ペイトリオッツのオーナー、ロバート・クラフト。「マックルモアを降板させなければ、コンサートを開催させない」と脅しを掛けただけでなく、他のツアー予定地のNFLスタジアム・オーナーにも働きかけて同様の通達をさせたことから、マックルモアの離脱が発表されたのが今週月曜のこと。
 エド・シーランは当初マックルモアの勝手な発言に腹を立てていたと報じられたけれど、程なくマックルモアへの措置を不服としてツアー離脱を宣言したのが、ルーカス・グラハム、アーロン・ロウ、ビリー・アイリッシュの兄として知られ、シーランの南米ツアーのオープニング・アクトを務める予定だったフィニアス、そしてシーランと楽曲を共作し、ステージでも共演していたBeoga/ベオガという4組のオープニング・アクトのミュージシャン。 年末までに約20公演を残しているシーランは、全公演のオープニング・アクトを失っただけでなく、彼のパフォーマンスで演奏するバックバンドも全員ツアー離脱を発表。 今や”マックルモアゲイト”と呼ばれ始めたこの騒動により、ツアー継続が困難になり、コンサート・チケットの再販価格が大暴落したのだった。

 ではマックルモアがステージ上で何を語ったかと言えば、「自分はFree Palestineという2つの言葉を言うためにこのステージに立った。ガザやヨルダン川西岸地区のパレスチナの人々に彼らが忘れられた存在ではないこと、 どんな人間も平等に愛と敬意と誠意をもって扱われる権利があることを伝えたい。そしてユダヤ系の人々には、イスラエルやイスラエル軍による虐殺への批判が、決して君たちに向けられたものではないことを分って欲しい。パレスチナに自由を、レバノンに自由を、キューバに自由を、スーダンに自由を、そしてアメリカ国内でテロ組織ICE(移民局)に怯える全ての人々に自由を!全ての人々が自由になるまで、我々は自由ではない!」というもので、観客のリアクションも普通にポジティブなもの。 こんな風に騒ぎ立てなければ その場のエピソードとして終わっていたと思しき出来事で、ロバート・クラフトの過剰反応こそがここまでの大事件に発展した要因。
 そのクラフトはトランプ氏と親しく、第一期トランプ政権下で安倍総理がマー・ア・ラゴに招待された際、安倍氏とトランプ氏と同じテーブルを囲んだ人物。 ネタニアフ首相とも極めて親しく、当然のことながらエプスタイン・ファイルにも買春のビデオ証拠付きで名前が出ており、NFLオーナーの間でも若い女性好きで有名なシオニスト・ビリオネア。 余談ながら、エド・シーランが属するタレント・エージェンシーの設立者、ケイシー・ウェッサーマンもエプスタイン・ファイルに名前が出た人物で、 クラフトが2022年に81歳にして33歳年下の2人目の妻と結婚した際、セレモニーでプライベート・パフォーマンスを行ったのがエド・シーラン。
 クラフトによるマックルモア追い出しに同調にしたソルジャー・フィールド(シカゴ)、スーパードーム(ニューオリンズ)、アラモドーム(サンアントニオ)、レイモンド・ジェームズ・スタジアム(タンパ)、AT&Tスタジアム(アーリントン)は、メディアに乗せて公に反ユダヤ発言をし、『ハイル・ヒットラー』という楽曲まで披露するカニエ・ウエストにはコンサートを行わせているだけでなく、DVで複数の訴追を受けているクリス・ブラウンのコンサートも御咎め無し。にも関わらず、僅か3~4分の反ユダヤではなく、パレスチナ支持を表明したマックルモアには前座パフォーマンスさえ許さないというのは明らかなダブル・スタンダード。 これが昨今トランプ政権がメディアを通じて強めている「言論統制」と重なったこともあり、 「ビリオネアが世の中の言論をルールづけるのはおかしい」、「大金持ちが自分達に有益な主張だけを広めようとしている」といったバックラッシュがSNS上に溢れたのは当然と言える成り行き。
 この騒動により、マックルモアのスピーチはネット上の様々なプラットフォームで何百万回も再生され、彼はあっという間に100万人の新規インスタグラム・フォロワーを獲得しただけでなく、 複数の新規スポンサーを獲得。逆にクラフトと共に批判が集中したエド・シーランは、48時間も経たないうちに50万人のインスタグラム・フォロワーを失っているのだった。



今のアメリカは無知、中立、事なかれ主義が招いた悲劇!?


 エド・シーランはマックルモア離脱発表の2日後にようやく声明を発表したけれど、その内容は「彼にパブリシスとはいないのか?」と訊きたくなるような火に油を注ぐもの。 要約すると、「マックルモア離脱は会場の意向を受けたプロモーターの決断で、自分は間に入って説得を試みた。公の場で発言しなくても自分は個人的な見解を持っているし、関心が無い訳でもない。だがどちらかに加担している訳ではない。自分の信念のために声をあげるマックルモアの意志は尊重するが、平和という同じ目標へのアプローチは1つではない。私が政治的主張をしないのは、ファン層にあらゆる背景の若者や、子供たちが含まれ、彼らが政治的論争を望んでいないからだ」と中立を謳うもの。 この一見すると当たり障りのない声明は、2年前のアメリカだったら許されていたかもしれない内容。
 しかし今のアメリカで、特にシーランのような公人が一番やってはいけないのが、このようなどっちつかずの無難で、傍観の姿勢を示すこと。 また「平和という同じ目標へのアプローチは1つではない」という部分は、「自分達の平和のためなら、子供達を含む民間人の大虐殺もやむを得ない」と言っているように聞こえる人々は多く、 シーラン同様にこの問題で猛批判が集中したのがSNSでマックルモアのスピーチを反ユダヤと決めつけて攻撃したシンガーのピンク。 ユダヤ系の彼女は、マックルモアに対する「コンサート・ゴーワーに謝罪し、チケット代を返金するべき」というシオニスト団体のSNS投稿に同調。 その直後には250件ほどの支持を得たものの、時間が経つに従って彼女へのバッシングは軽く250万を超える勢いで複数のSNSプラットフォームに飛び火したのだった。

 シーランのニュートラル(中立)を決め込んだ態度に多くの人々が怒りを覚えるのは、「それまでの自分達の無知さや、事なかれ主義をシーランの中に見い出している」というのが多くの意見。 「自分とは無関係な論争に加担したくない」、「敵を作りたくないから自分の意見は言わない」といった”中立”や”適当”のポジション、もしくは世の中に関心を払わない姿勢は、 ここまで全てがメチャクチャになってしまったアメリカにおいては、もはや”卑怯”、”無責任”、”人の心が無い”と見なされるポジション。 特にエド・シーランのようなマルチ・ミリオネアの大スターであれば、ロバート・クラフトの言論統制に毅然とした態度を見せることで、 シーランの10年以上の友人であるマックルモアを助けることが出来ただけでなく、彼自信の評判が地に落ちるのも防げたはず。
 アメリカでは過去3年間に若い世代を中心にパレスチナへの同情、そして2万人以上のパレスチナの子供達の命を奪い、4万人以上の子供達に手足切断の 怪我を負わせたイスラエルの爆撃に対する怒りが大きく高まっており、 その背景にはトランプ政権下のインフレやレイオフによる家計の困窮、アメリカ市民でさえ暴力的に取り締まるICEへの脅威、度重なる自然災害や データセンター建設による自然破壊の中で、精神的にも経済的にもギリギリの生活を続けるアメリカ人が、これまでに無く無力感を味わい、 弱者の痛みを自分の事として痛切に感じるようになっている状況があると言われるのだった。加えてイスラエルの軍費が、2028年までの10年間に渡ってアメリカが毎年支払う38億ドルの補助に支えられ、 米国内では貧困層の食糧、住宅、医療保険の補助が打ち切られていることもアメリカ人にとっては大きなフラストレーション。

 マックルモアは今回の騒動をうけて、パレスチナ救済基金への100万ドルの寄付を表明。続いてエド・シーランが同様に200万ドルの寄付を、そしてロバート・クラフトもシーランと同額の寄付を表明。後者2人はダメージ・コントロールに必死であるけれど、これについても「金持ちが金で解決しようとしている」と、冷ややかに受け取られてしまうのは仕方がない成り行き。 そしてシーラン、クラフトのような下界から切り離された富豪達がさほど深刻に認識していないのが、如何に一般のアメリカ人がこれまでのようにはイスラエルを支持しなくなっているか。 若い世代間ではパレスチナ支持がイスラエル支持を上回って久しく、「イラン戦争はイスラエルのため」、「エプスタイン疑惑の黒幕はモサド(イスラエル諜報組織)」というのはアメリカに限らず、欧州諸国でも一般的な認識。 これまで米国内で最大のパワーを誇って来たロビー活動グループ、AIPAC(米国・イスラエル公共問題委員会/American Israel Public Affairs Committee)の影響力もここへきて急速に衰えており、AIPACから政治献金を受け取っているだけで、どんなに潤沢な資金があっても候補者が落選するようになってきたのが2026年の中間予備選挙。
その一方でシーランのツアーを離脱した、オープニング・アクトのミュージシャンやバックバンドのメンバーの「目先の仕事やお金のために、魂や言論の自由は売り渡せない」という姿勢も共感を読んでいたけれど、実際にお金のために働く人、動く人が居なくなった時こそが、ビリオネアが力を失い、本当の窮地に陥る時と言えるのだった。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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