July 30 〜 Aug 5 2018

”Incel, Black Pill, Stacey??”
したくてもセックスが出来ないインセルは
ヘイト・グループか犠牲者か?



今週のアメリカでは、木曜の東部時間午前11時48分に アップル社が発行する 4,829,926,000シェアの株価が $207.0425を超えて、世界初&史上初の1兆ドル($1,000,000,000,000.00) 企業が誕生したことが大きなニュースになっていたけれど、 そのアップルはグーグルの親会社アルファベット、アマゾンらと並んで、その膨大な利益が全くアメリカの税収になっていないことで知られる企業でもあるのだった。
その一方で 今週月曜に大きく報じられたのは、 今シーズンからLAレイカーズに移籍したルブロン・ジェームスが 学費、制服、給食、教材、自転車&ヘルメット等、 全てが無料であるだけでなく、生徒の家族のための食料品提供施設や 卒業者の学費補助制度など 至れり尽くせりの 公立小学校を 一流私立高並みの施設で、彼の生まれ故郷であり アフリカ系アメリカ人の貧困層が多い オハイオ州アクロンにオープンしたというニュース。 個人資産490億円と見積もられるルブロンであるけれど、これまでにもマーク・ザッカーバーグが110億円をニュージャージー州 教育委員会に寄付するなど、ルブロンのプロジェクトよりも多額の寄付を特定の機関やチャリティにするビリオネアが居たのは事実。 でも今回の彼のように自らのチャリティに投じた金額を 実際に人々のためになる施設として具現化して提供したのは極めて珍しいケースで、 チャリティというものを税金対策&自らのイメージアップという商業的な目的にしか使っていないセレブリティと ルブロンの真摯な姿勢が明らかに異なる様子を感じさせているのだった。




さて7月に日本から来た女性と話していた際に、彼女が愚痴っぽく語っていたのが 「日本じゃセックスが面倒だから彼女を作らない男の人が居るんですよ」ということ。 そう言われて先ず私の頭の中に浮かんだリアクションは 「セックスが面倒なんて 既婚女性の多くが言っていること…」というものだったけれど、 次に頭に浮かんだのは「その方が”インセル”よりずっと良い」というもの。 でもその時はインセルについて説明すると話が長くなるので、ミレニアル世代を中心にカテゴライズされるようになった ”Asexual / エイセクシュアル(性的な興味・関心が無い人)” を持ち出してその話題を終わらせたのだった。
私がこの時 頭に浮かべた”Incel / インセル” とは”Involuntary Celibacy” の略語で、これが意味するのはセックスがしたくても出来ない状況が続く人々。 ”Incel”の定義については「買春はセックスに含まれない」とか、「セックス出来ない状態が6ヶ月以上」という意見や「2年以上」という意見等があるけれど、 セックスをしていないだけで インセルとカテゴライズされると考えるのは大きな間違い。 インセルと見なされるには 1. 自分がインセルであると自覚している、2. チャットルーム等、何等かのインセル・コニュニティに属している、 3. インセル思想に傾倒している、という3つの条件を満たしていなければならないのだった。
インセルは通常 白人の若いストレート男性で、中にはヴァージンも居るとのことだけれど、デート相手=セックス・パートナーが出来ない原因と言われるのは、 「お金がない」、「何等かの健康障害、精神障害を抱えている」、「経験&知識不足から女性との付き合い方が分からない」、 「運やチャンスが無い」、「自分に自信がない」といったことで、多くのインセルがこのうちの複数の原因を抱えていると言われているのだった。 そんなインセルが女性からは危険視され、男性からは馬鹿にされる理由は、女性と社会に対する屈折した思想と 敵対心に満ちたメッセージが原因で、 そんな思想を他のインセル達とシェアし合うのが インセルである証。

例えば、写真上左側は インセルのグループ・チャットの書き込み例であるけれど、「女が西洋社会の問題」と言っているのは未だ良い方で 「女と社会一般に対して狂暴な憎悪を抱くのは当然」、 「飢餓で食べ物を盗んた人間が罪に問われないのと同様、セックスの飢餓感を覚えた男性がレイプをしても逮捕されるべきでない」という内容の書き込みが 「インセルによるレイプは合法化されるべき」というタイトルでポストされているような有り様。
右側のインセルの主張のイラストで男性のTシャツに書かれているのは「政府は妻を支給すべき」というメッセージ。 その妻の条件として書かれているのは 17歳以下のヴァージンで サイズ2、何でも自分の言う通りにして、自分だけのために挑発的な服装をし、 性の快楽を自分のために取っておくためにマスターベーションはせず、母親のように料理や掃除をして、自分を ”ご主人様” と呼び、 自分の意志や 友達を持たず、殴られたら当然の理由があると解し、セックスがしたくない時はレイプされても当たり前と思う。 自分を愛さなくなったら自殺をし、娘が出来た場合は 自分が娘を殴るのは当然と考える、というもの。
恐ろしいことに このイラストに描かれているのは 全く極端でも何でもない ごく普通のインセルの主張。 ミソジニスト(女性を嫌悪する人々)である彼らが求めているのは 過保護な母親のように愛情を注いで 世話を焼いてくれる ティーンエイジャーのセックス・スレーブで、 それが得られないのは自分のせいではなく、社会のせいと考えているのがインセル。
インセルのチャット・ルームにはそんな彼らの 「政府はインセルにヴァージンをあてがう法律を作るべき」といった耳を疑うような主張が溢れているのだった。




インセルはアクティブなセックス・ライフを送る人々を男女を問わず嫌悪しており、アメリカのスラングで 性格が良い美貌の持ち主を意味する”ステーシー”は 彼らの世界では美しさをひけらかして男性の心を欺くスラット(Slut/ふしだらな女性) として敵視される存在。 女性にモテるルックスが良いプレイボーイ・タイプはシャッド(=チャッド/Chad:スラングで ”極めて性格が悪いエゴイスト”を指す言葉) と呼ばれ、同様に憎悪の対象となっているのだった。
そんなインセルの特筆すべき特徴となっているのは 自分がルックスが悪く アグリーであることを認めている点で、 もし彼女が出来ず、セックスが出来ない怒りやフラストレーションを感じていたとしても、自分のルックスが良いと思っている男性はインセルとは呼べない存在。 インセルは自分がアグリーだと認めながらも、俗に言う ”デートダウン”、すなわちハードルを下げてデート相手を探すようなことはせず、 アグリーな女性は決して受け付けない主義。 加えて”女性インセル” の存在を否定しており、「女は性器さえ持っていれば セックスしたがる男はいくらでも居るはず」 というのがその主張。 彼らの女性の好みに人間性に関する項目が一切登場しないことからも分かる通り、女性の人間性を全く認めない様子を披露しているのだった。
そのインセルはルックスに関して特定の信仰を持っており、その1つが顔の骨格。特に英語で”ストロング・ジャーライン”と言われる顎のラインがしっかりした顔が女性にモテると 思い込んでおり、「それを持たないのがインセルの顔」と定義づけているのだった。ちなみに 写真上左側は、コネチカットのサンディフック小学校における銃乱射事件の犯人、アダム・ランザのインセル顔をフォトショップで訂正したもの。 右側は典型的なインセルの横顔を 同様にフォトショップで訂正したもので、インセル達は”僅か1インチの骨格の違い” で人生が異なるフラストレーションを ウェブ上で訴えているのだった。
更にもう1つ、彼らが異様なまでに拘るのが ”Canthal Tilt / キャンタル・ティルト(眼球の傾き)”。 これは早い話が目頭と目尻の高さ違いのことで、これが写真下の左3枚のように 目尻に向かって上がっていないと セックス・アピールが無いというのが インセルの言い分。つまりインセルは下がり目ということになるけれど、 写真下、一番右はインセルの走りと言われ、2014年にUCLAサンタ・バーバラ校で6人を射殺、14人に怪我を負わせて自殺した エリオット・ロジャー(当時22歳)。 右から2番目は 今年4月にカナダのトロントで、ヴァンを暴走させて 10人を轢き殺す大惨事を巻き起こしたアレック・ミナッシアン。 彼は事件前の犯行声明とも言えるツイートで 「インセルの反乱は既に始まっている。シャッドやステーシーは全員追放される。 皆、エリオット・ロジャーのようなスーパージェントルマンにひれ伏すんだ」というメッセージを発信していたけれど この2人のルックスが決して世の中のアヴェレージ以下とは思えないのは、私だけでなく多くの女性の意見。 ルックスの見地からは彼らより劣ると思われる男性でも、 普通にデートをして、結婚して 家庭を持って、時に離婚をして再婚する様子が当たり前の社会に生きていると、 インセルの問題は やはり ヴァージンのセックス・スレーブを殴ったり、レイプする願望を持って、同時に愛情も注がれたいと考えるなど、 世の中一般と かけ離れた思想を持っているためと思われるのだった。
ちなみにエリオット・ロジャーについていえば、彼はハリウッドのビッグショットの息子で 金銭的に恵まれ、 高級車を乗り回し、犯行のマニフェストとなったビデオの中では 「自分はルックスも良いジェントルマンなのに、何故自分とデートしようと思わないのか?」と女性達に疑問を投げかけていた人物。 したがってインセルがヒーローと仰ぐ彼は 実はインセルとはカテゴライズされない存在なのだった。






インセルの世界には様々な造語があって、自分をインセルと言いながら セックスをした途端にインセル離脱をすることを”フェイクセル”と呼び、 精神障害が原因でインセルになっているのは”メンタルセル”、どんなにトライしてもセックスや恋愛が出来なかったヴァージンのインセルのことは ”トゥルーセル”と呼んでいるとのこと。
そんなインセルの世界を理解する上でのキーワードと言われるのは ”ブラック・ピル”。 この言葉の起源は1999年に公開された映画「Matrix / メイトリックス」で、キアヌ・リーヴス演じる主役のNeo/ネオ(英語発音はニオ)が ブルー・ピルとレッド・ピルのどちらを選択するかを迫られるシーン。 ブルー・ピルを選んで飲めば 待っているのは今まで通りの普通の生活、与えられた情報を真実だと思いながら生きる人生。 レッド・ピルを選んで飲めば 世界に深く暗躍する真実(世界を動かす本当のルール)を知らされ、そこで勝ちに行くための パワーを身につけて 戦う人生。
もちろん映画の中で 主人公Neoは レッド・ピルを選ぶことになるけれど、 インセルの世界においてブラック・ピルを飲むということは、世の中を支配するルールを知って、自分が最初から勝ち目がない勝負を強いられていることを悟る人生。 すなわち、ブルー・ピルを選んだ人とは違って世の中の真実のルールを理解しているものの、レッド・ピルを選んだ人のようなパワーや戦闘意欲が宿らない状況を指す言葉。 要するに、世の中のリアリティを冷めた視線と否定的な考えで捉える姿で、”He Blackpilled himself ” というように 動詞として使われることもあるのだった。

インセルはその過激で反社会的、女性を敵視する言動や書き込みが問題視され、ウェブサイト Reddit では昨年そのグループが廃止になっており、 彼らを”ヘイト・グループ” と見なす社会傾向が高まっているのが現状。 実際にインセルの中には、白人至上主義やネオ・ナチのグループに加わっている人々も少なく無いと言われるけれど、 そのインセルの中で非常に多いのが自殺者。今週HBOの報道番組、「Vice News」がインセルについてのレポートを行っていたけれど、 取材対象の男性がチャットをするグループの中だけでも4人が自殺を遂げているのだった。
インセルの問題は、通常ならば問題を解決してくれる人に助けを求めるべきところを、同じ問題を抱えるもの同士が 過激に怒りや不満を煽り合っているという点で、 それが出口が見えない苦しみとなって圧し掛かってくる来るのは容易に想像がつくところ。 しかしそんなインセルを狙って、多額のデートアドバイスを提供してエンプティ・ホープを煽る詐欺まがいのビジネス等も多く、 そんな歪んでしまった思想をヘイト・グループと見なすか、社会の犠牲者と見なすかは知識人の間でも意見が分かれているのだった。

それにしても私が驚くのは約20年前に公開された「Matrix / メイトリックス」という映画の影響力。 私は映画自体は さほど評価に値するものとは思わないけれど、同作品は紛れもなく21世紀のカルチャーに最も影響を与えている映画の1本と言えるのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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