Apr. 23 〜 Apr.29 2018

”AJ1 Retro Banned, What Else?”
トライベッカ・フィルム・フェスティバルで、再びスポットを浴びた
歴史的カルチャー・アイコン・スニーカー



今週は、フランスのエマニュエル・マクロン夫妻が訪米をしたり、英国王室のキャサリン妃が次男を出産するなどの ニュースがあったけれど、アメリカで最も報道時間が割かれていたのは歴史的と言える南北朝鮮の首脳会談が実現したことに加えて、 かつてアメリカで最も敬愛されていた俳優兼コメディアンで、近年では62人の女性から性的虐待の容疑で告発されていたビル・コスビー(80歳)に対して 有罪判決が言い渡されたニュース。
ビル・コスビーは、これまで度重なる性的虐待容疑を 証拠不十分による不起訴処分や、裁判不成立で逃れてきており、 今回の裁判でようやく有罪判決に辿り着いたのは、同様の被害を受けた女性達の証言が認められたことにより、 彼がレイプに及ぶパターンが初めて審議されたため。 ビル・コスビー有罪は、#MeTooムーブメントがスタートして以来、初めてセクハラ&レイプ事件で 著名な男性容疑者に 刑事責任が問われた例として歓迎されており、 「この判決によって人間に対する信頼を取り戻した」とまで語る被害者女性の姿も見られていたのだった。




さて ようやく温かくなってきた今週のニューヨークでは、毎年恒例のトライベッカ・フィルム・フェスティバルがスタートしているけれど、 その参加作品の中で多大なパブリシティを獲得していたのが、 金曜にプレミアとなったドキュメンタリー 「Unbanned: The Legend of AJ1 / アンバンド: ザ・レジェンド・オブAJ1」。 AJ1とは、言わずとしれたナイキのエア・ジョーダンの1984年に発売されたデビューモデルで、 スポーツ・マーケティングもさることながら、スニーカーというプロダクトの意味合いを変えた 歴史的なアイコン・スニーカー。
1985年シーズンに、当時NBAのルーキーであったマイケル・ジョーダンがこのシューズを履いてプレーをした途端に、 NBAのコミッショナー、デビッド・スターンが マイケル・ジョーダンを罰金処分にして、エア・ジョーダンを履いてのプレーを禁止したエピソードは、 今から思うと考えられない措置であるけれど、エア・ジョーダンは NBAの個人プレーヤーの名前が付いた歴史上初のスニーカー。 その前にもテニスやゴルフのような個人競技であれば、フレッド・ペリーやレネー・ラコステ、アーノルド・パーマーのウェアが存在し、 スタン・スミスのスニーカーが市場で人気を博していたけれど、 バスケットボールのようなチーム・スポーツで、個人プレーヤーが自分のブランドのプロダクトを身につけてプレーをするというのは、 当時は考えられなかったこと。
でもNBAのコミッショナーが期待のルーキー、マイケル・ジョーダンのスニーカーを禁止処分にしたことは、 生産側のナイキにパニックをもたらしたと同時に、 アメリカ中の誰もがその存在を知るほどの膨大なパブリシティをニュースによって獲得。 このナイキによる広告を遥かに上回る宣伝効果のお陰で、 エア・ジョーダンは初年度にして 約140億円を売り上げるメガ・ブランドになっているのだった。






今やスニーカーと言えば、投資の対象にさえなるコレクターズ・アイテムであるけれど、 そんな付加価値をスニーカーというプロダクトにもたらしたのもエア・ジョーダンであり、 80年代からのコマーシャリズム、インディビデュアリズム、ポップ・カルチャー、 スポーツ・マーケティング、ラップ・ミュージックの台頭など、時代の流れと巧みに絡み合っていたのもエア・ジョーダン。
映画「Unbanned: The Legend of AJ1 / アンバンド: ザ・レジェンド・オブAJ1」では、 NBAプレーヤーや、映画監督スパイク・リー、マーク・ウォルバーグなど、 各界のセレブリティ62人がエア・ジョーダンが もたらしたカルチャー・レボルーションについて熱っぽく 語る様子が、AJ1発売時のタイムラインと共にフィーチャーされており、 同ドキュメンタリーの監督、デクストン・デロリーは、彼らの語るストーリーを聴きながら、 「スニーカーの発売が、カルチャー・フェノメノンとなった背景を改めて学ぶことになった」と語っているのだった。

そもそも1984年のNBAドラフトで シカゴ・ブルス入りしたマイケル・ジョーダンは、 当初ノースキャロライナ大学時代に履いていた コンバースかアディダスと自分のブランドを契約したいと考えており、ナイキと組むことには消極的であったという。
でもコンバースとアディダスが彼との契約をパスし、ナイキがスニーカーに止まらず、アパレル全般を含むマイケル・ジョーダンの総合ブランドを展開するという かつて例を見ない大規模なプランを提示したために、5年間約2億5000万円の契約を結んだのがエア・ジョーダン誕生のきっかけ。 でもナイキ側は、当時ルーキーだったマイケル・ジョーダンとの契約にあたって、「デビューから3年以内にNBAオールスターに出場出来なかった場合、 ジョーダン・ブランドの売り上げが3年以内に3億円に達しない場合には、契約を破棄できる」という条件を付けていたという。
とは言っても前述のように、売り上げは初年度にして約140億円に達しただけでなく、マイケル・ジョーダンはルーキーにしてオールスターのスターティング・ラインナップを務め、 それ以降のエア・ジョーダンのブランドとしてのサクセスは、シューズ、アパレル、スポーツなど、 どの業界にも例を見ないメガ規模になっているのは周知の事実なのだった。




毎年発表されるエア・ジョーダンは、2017年までに32ものモデルが登場しているけれど、 自らもファッション好きなマイケル・ジョーダンの意向が 毎年のデザインに深く反映されているのは有名な話。 たった一度だけ、ジョーダン本人が気に入らないスタイルをナイキが製品化したことがあったけれど、 その売り上げが振るわなかったため、それ以降はジョーダンの意見を必ず優先的に取り入れるようになっているのだった。
プロのアスリートは引退すると収入が激減するのが通常のシナリオであるけれど、 マイケル・ジョーダンの収入がアップして、ビリオネアになったのは引退後のこと。 現在も年間100億円がナイキから支払われており、ナイキにとっての長寿のドル箱ビジネスになっているのがエア・ジョーダン。
彼だけでなく、エア・ジョーダンのヴィンテージ・コレクターも、スニーカーの取引だけでマルチミリオネアになっているケースが多いけれど、 そうしたプレミアム市場に目を付けたナイキが、2016年9月3日に再リリースしたのが 伝説のAJ1 レトロ ”Banned/バンド”。 その後もストリート・ファッション・ブランドのオフ・ホワイトとのコラボ・バージョンが登場する一方で、 ベラ・ハディド、ケンドール・ジェナ等のセレブリティがこぞって今も愛用するのがAJ1レトロ。
かつては、マイケル・ジョーダン本人が エア・ジョーダンのイメージとサクセスを象徴する存在であったけれど、 こんなドキュメンタリーが製作され、レトロ・スニーカーが再販される状況を見ていると、 AJ1 レトロ バンド というスニーカーそのものが、独立したカルト・ステータスを確立していると言えるのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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