Renee Zellweger, Change Of Her Face
「ブリジット・ジョーンズ・ベイビー」で再びメディアの脚光を浴びた
レネー・ゼルウェガーの顔の変化をタイムラインでご紹介!




アメリカでは9月16日に、「ブリジット・ジョーンズ」シリーズの最新作、 「ブリジット・ジョーンズ・ベイビー」が封切られるとあって、そのプロモーションのために 久々にメディアの前に姿を見せたのがレネー・ゼルウェガー。
2010年以来、映画出演から遠ざかっていたレネーですが、彼女と言えば メグ・ライアン 同様に 顔の変化が指摘されるセレブリティの1人。
フィラーの注入を含む美容整形が度々指摘されていましたが、 彼女がそうするきっかけになった言われるのが、2001年と2004年に封切られた「ブリジット・ジョーンズ」シリーズ2作のために 体重を急激に増やし、その後急激に落として 顔にシワが増えて、肌がたるんでしまったこと。 これを受けて、レネーは「ブリジット・ジョーンズ」の2作目、「ザ・エッジ・オブ・リーズン」の撮影後、 「2度とブリジット役は演じない」と宣言していたことが報じられていました。

今回の「ブリジット・ジョーンズ・ベイビー」の封切りに際しても、 人々があまりに彼女の顔の変化にフォーカスすることを受けて、 「女性がどう見えるかではなく、何をしているかにもっと着眼するべき」というエッセーをメディアで発表。 しかしながら、人々の興味はどうしても彼女の顔の変化に行ってしまうのが実情となっています。
ここでは、そんなレネー・ゼルウェガーの顔の変化をタイムラインでご紹介します。



写真上は、左より、1990年、1991年、1992年のスナップ。
この頃はTV女優として徐々に仕事を増やしていた時代で、20代に突入したばかりの頃。 運動神経が良く、おてんばだった彼女が真剣に女優業を志していた時期。



写真上は、左より、1993年、1994年、1995年のスナップ。
まだまだ この時期も無名でしたが、仕事がTVから映画にシフトしてきた時代。 いかにも南部出身の気取らないフレンドリーなキャラクターを演じ始めてた頃ですが、 95年には、彼女を一躍有名にした「ジェリー・マグワイア」のトム・クルーズの相手役、 ドロシーにキャストされています。



写真上は、左より、1996年、1997年、1998年のスナップ。
1996年は年末に「ジェリー・マグワイア」が封切られ、これで一躍有名になった年。 メディアの取材や雑誌のフィーチャーが増えたのがその翌年の1997年。 この年には、映画「デシーヴァー」で殺害される娼婦を演じています。
1998年には映画「ワン・トゥルー・シング」で、メリル・ストリープと初共演を果たしています。





写真上は、左より、1999年、2000年、2001年のスナップ。
1999年にはロマンティック・コメディ「ザ・バチェラー」に出演して、映画はヒットしなかったものの、 この作品がきっかけでブリジット・ジョーンズのキャスティングの道が開けたとも言われています。
2000年にはモーガン・フリーマン、クリス・ロックと共演した「ナース・ベティ」、ジム・キャリーと 共演した「ミー・マイセルフ・アンド・アイリーン」が封切られて、コメディ女優という側面を出してきた時代。 ジム・キャリーは、映画撮影中にかなりレネーに夢中だったことが伝えられていましたが、 「共演中はデートをしない」というレネーのポリシーにしたがって、撮影が終了してから2人は交際をスタートしています。
そして2001年は「ブリジット・ジョーンズ・ダイアリー」が封切られた年で、 写真右上は役作りのために増やしたウェイトを落とした後のスナップ。



写真上は、左より、2002年、2003年、2004年のスナップ。
2002年は、ミュージカル「シカゴ」が封切られた年ですが、「ブリジット・ジョーンズ」で増えたウェイトを、 シカゴに出演するための猛烈なダンス・レッスンで落としたことは有名なストーリー。 この頃はまだ30代初頭とあって、体重の上下がシワや肌のたるみにならなかった頃。
「シカゴ」を撮影後、やはりミュージカルの「ダウン・ウィズ・ラブ」で グラマラスなヒロインを演じ、歌って踊れる女優としてのポジションもアピールしたものの、同作品の興行成績は惨憺たるもの。
でもそれと並行してクランクインした「コールド・マウンテン」では、ニコール・キッドマン、ジュード・ロウと共演して、 オスカーで助演女優賞を受賞。この2年間がレネーのキャリアのピークと言われていますが、 この年には既に2004年に封切られたブリジット・ジョーンズの2作目の撮影のために、 クリスピー・クリームのドーナツをスターバックスのフラッパチーノで流し込んで、 1日3500カロリーを摂取して、体重をふやしています。
でも撮影時に関係者が指摘したのは、レネーが体重を増やし過ぎたということ。 ここで増えた体重を落としている最中に、2004年に公開されたアニメ映画「シャーク・テール」に声の出演をしています。
フィラー注入の噂が流れ出したのはこの頃で、過激な減量でこけてしまった頬にフィラーを注入した 噂が流れ始めていました。パーソナル・ライフでは2003年にホワイト・ストライプのジャック・ホワイトと交際をしています。



写真上は、左より、2005年、2006年、2007年のスナップ。
顔の表情にエイジングが表れてきたのが、30代後半に入った2005年。この年には ラッセル・クロウと共演した「シンデレラ・マン」が封切られていますが、 パーソナル・ライフではカントリー・シンガー、 ケニー・チャズニーと結婚したものの、数ヶ月後に婚姻を解消。この頃から唇にフィラーを注入したような形跡が見られます。
2006年には映画「ミス・ポッター」が封切られていて、ケニー・チャズニーに対するリベンジ・メークオーバーが甲を奏した時期。
2007年にはジョージ・クルーニー監督作品「レザーヘッド」のヒロインにキャストされ、クランクインしています。




写真上左より、2008年、2009年、2010年のスナップ。
映画「レザーヘッド」が封切られたのが2008年で、ロマンティック・コメディのヒロインとして 再び復活に兆しを見せた頃。 写真上、中央は2009年のゴールデン・グローブのスナップで、頬のフィラーが指摘されていました。 この年には2006年に映画の撮影をきっかけに知り合ったブラッドリー・クーパーとの交際がスタート。 タブロイド誌では、「ジェニファー・アニストンを負かして、ブラッドリーを手に入れた」と騒がれた時期。 2人は2年の交際を経て、2011年に別れています。



写真上は、左より、2011年、2012年、2013年のスナップ。
この時代は、全くハリウッドの仕事をしていなかった時代で ブラッドリー・クーパーとの別れてからは、タブロイド誌も彼女を話題にしなくなって久しい状況になっていました。 唇と頬骨のフィラー、額と眉間、目尻のボトックス注入が指摘されていたのがこの時代ですが、 2013年に初めてアイリフトをしたという噂も聞かれており、実際にこの年から 彼女の下がり気味の目尻が改善されています。



写真上は、2013年〜2014年にかけてのスナップ。
だんだんとロマンティック・コメディのヒロインとしてハリウッドでもてはやされた時代のレネーらしさが失われてきたことが指摘されていたのが この時期。ファッションも黒が多く、ハリウッドの華やかさから遠ざかった生活が容姿にも現れてきた様子が見て取れます。



写真上は左より、2014年、2015年、2016年のスナップ。
2014年のスナップは、この年の10月に行われたエル誌の「ウーマン・イン・ハリウッド・アワード」で撮影されたものですが、 「レネーが美容整形をしたに違いない」とメディアとソーシャル・メディアが大騒ぎするきっかけとなったのがこの時の写真。 「今までの面影が全く無い」とまで指摘されたのがこの時の彼女。レネー曰く、「彼女はこのイベントに出席するつもりはなかったものの、 闘病中の友人にレッド・カーペット上を歩かせてあげるために出掛けた」とのことで、「自分の顔に、これほどまでに人々の関心が集中するとは 思わなかった」と語っています。
中央は2015年のスナップで、若々しくはないものの、目が以前のレネーに戻っていることをソーシャル・メディアが指摘していた頃。
そして右は今年2016年のスナップで、2014年の時期よりも、遥かにレネーらしい表情となっています。

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