Branjelina Change Of Their Faces
離婚を申請したブラッド・ピット&アンジェリーナ・ジョリー
そのキャリアと顔の移り変わりをタイムラインでフォローアップ




2016年9月に離婚を発表して世界を驚かせたブランジェリーナこと、ブラッド・ピット&アンジェリーナ・ジョリー。
オスカー受賞俳優の娘として生まれ、ハリウッドで育ってきたアンジェリーナと、 田舎町に生まれ、ルックスの良さを武器にハリウッドの道を切り開いたブラッドは、正反対のバックグラウンドの持ち主。 2人は「ミスター&ミセス・スミス」の共演がきっかけで、ブラッド・ピットがジェニファー・アニストンと結婚していた当時から、 交際をスタート。 2年の結婚生活を含む12年近い関係を続けてきましたが、 その間に6人の子供を育て、それぞれに異なるキャリアを歩んで来たのは、 周知のとおり。
以下では、そのブラッド・ピット&アンジェリーナ・ジョリーのルックスの変化をタイムラインでご紹介します。




アンジェリーナ・ジョリー



1975年生まれのアンジェリーナ・ジョリーが最初に映画に出演したのは1982年、彼女が7歳の時で、この時は 父親のジョン・ヴォイトの七光りにあやかって、アンジェリーナ・ジョリー・ヴォイトという名前で出演。
でもアンジェリーナの子役はこれだけで、次に女優活動をしたのは写真左の1993年にビデオとして公開された「サイボーグ2」という作品。 その後、94年、95年もショートフィルムやロー・バジェット映画の脇役の仕事をしながら、 モデルをしていましたが、この時代はリンダ・エヴァンジェリスタやクリスティ・トゥーリントンを始めとするスーパーモデルの全盛期、 彼女のルックスはエキゾティック過ぎるといって、オーディションで落とされてばかりだったことが伝えられています。




写真上左、1996年に俳優のジョニー・リー・ミラーと結婚したアンジェリーナ。 当時、まだキャリアはパッとしませんでしたが、1998年にHBOが制作した映画「Gia / ジア」で、 70年代に活躍したドラッグ中毒のモデルを演じて、これがアンジェリーナの初の当たり役になっていました。 アンジェリーナはこの作品で、ゴールデン・グローブ賞を受賞しています。
この頃までに、鼻の整形をした様子が伺えます。




「ジア」で、キャリアに弾みがついたアンジェリーナは、1999年にはデンゼル・ワシントンと共演する 「ボーン・コレクター」が封切られましたが、この年にはオスカーの助演女優賞を受賞した「ガール・インターラプテッド(17歳のカルテ)」が封切られて、 映画の興行成績はパットしませんでしたが、2000年初頭の授賞式シーズンに、数々の賞を受賞、 でもオスカー受賞の瞬間に、実兄と唇にキスをしたシーンが物議を醸し出して、親近相関の噂が流れたのがこの頃。 同じ2000年にはジョニー・リー・ミラーと離婚。バイセクシャルであることをオープンにしていたのがこの時代ですが、ほどなく 俳優のビリーボブ・ソートンと再婚。映画のプレミアで、彼と生々しいまでのキスシーンを披露して話題になっていましたが、 アンジェリーナにとっては彼との関係は略奪愛。彼女が出会った当時のビリー・ボブは女優のローラ・ダーンと婚約中で、3週間で彼を奪って結婚しました。
2001年に公開された「トゥーム・レイダー」でラーラ・クロフトを演じたアンジェリーナは、これによって初めて作で商業的なサクセスを収めています。
この撮影が行われたカンボジアから戻った途端に、アンジェリーナは国連にコンタクトをしてアンバサダーのポジションを申請し、 その後貧しい国々に出向き、難民の視察に向かうようになっています。
それと同時に、この年に髪の毛の生え際のシェイプが改善されてきています。





2002年に入る頃には、ラーラ・クロフト役のヒットが功を奏して徐々にセックス・シンボル的なイメージが確立されてきましたが、ビリー・ボブとの 夫婦間の壮絶なセックスを公に語ったり、お互いにタトゥーを入れるなど、クレージーさが目立ち、父親のジョン・ヴォイトが インターベンションを提案したほど。
翌年2003年には、そのビリー・ボブ・ソートンと離婚しましたが、その前から長男マドックスの養子縁組の準備をスタート。この養子縁組のために、 アンジェリーナはマドックスの祖国カンボジアに家と 広大な土地を買い、その土地を自然保護区としたことで、カンボジア国籍を手にしています。 当初ビリー・ボブとの夫婦での養子縁組を申請していましたが、その縁組成立とともに2人は離婚をして、アンジェリーナが個人でマドックスを養子にしています。 離婚後には映画で共演したオリヴィエ・マルティネスとのロマンスが噂になっていました。
2004年には「トゥーム・レイダー」の続編が公開。この頃には国連の活動にシリアスになり、自らアフガニスタンやスーダンのダルファーに出向くために 飛行訓練を受けて、パイロットのライセンスを取得。この年からブラッド・ピットとの共演の「ミスター&ミセス・スミス」の撮影に入っています。




2005年は「ミスター&ミセス・スミス」が封切られた年であり、当初は否定していたものの、当時ジェニファー・アニストンと結婚していたブラッド・ピットとの交際が既にスタートしていた年。 この年にはエチオピアから長女、ザハラを養子縁組していますが、この時にはブラッドピットが立ち会っています。 この頃には、2回目の鼻の整形が行われたと言われています。
2006年5月には、ブラッド・ピットとの間に初めての子供、シローを出産。2007年には、パキスタンで行方不明になり、後に殺害されたジャーナリスト、ダニエル・パールの妻を 演じた「マイティ・ハート」が封切られ、社会派女優としての側面を強く打ち出しています。またこの年には、4人目の子供、パックスを ヴェトナムから養子縁組しています。




写真上左、2008年の写真はこの年の5月のカンヌ映画祭でのスナップで、ブラット・ピットとの間に設けた双子、ノックスとヴィヴィアンを妊娠中の時。 「カンフー・パンダ」の声優としてカンヌ入りしたアンジェリーナですが、共演者のジャック・ブラックが口を滑らせたことで、彼女が双子を妊娠していることが明らかになっていました。
この年には「チェンジリング」、「ウォンテッド」の2本の映画が封切られています。
2009年には、トム・クルーズが降板した後の「ソルト」の主演にキャストされ、脚本が女性主役に書き換えられ、特撮を使ったアクションが多い撮影に挑んでいます。 そしてその「ソルト」が公開されたのが2010年ですが、この年はジョニー・デップと共演した「ツーリスト」も公開。 しかしながら2人の共演はケミストリーに欠けていたと指摘されていたもの。それでもブラッドとの離婚でアンジェリーナが雇ったのは、 ジョニー・デップがアンバー・ハードとの離婚の際に起用した弁護士で、この際に2人がコンタクトしたという噂も流れています。
映画に映る姿は、引き続き美しかったアンジェリーナですが、この頃を前後して プレミアやプロモーションで登場する際には、激ヤセが指摘され、手の青い関節がゴシップ誌で指摘され、 ヒップにパッドを入れていることが元スタイリストによって明らかにされていました。 顔はほうれい線が目立つようになり、2010年には明らかにフィラーを使用してそれを和らげています。




2011年に封切られたのは、吹き替えを担当した「カンフー・パンダ3」のみですが、映画監督としてはボスニア戦争時を描いた映画「イン・ザ・ランド・オブ・ブラッド・アンド・ハニー」を 手がけて、この作品の公開によって、イギリス政府と貴族院への政治的コネクションを深めたことが伝えられています。 この頃からアンジェリーナは、脱ハリウッドをほのめかすようになってきています。
そして、2013年の5月には母親をがんで亡くしているアンジェリーナが検査の結果、乳がんの発症率が非常に高い ”BRCA1”という遺伝子の変異が見られたことから、 両乳腺切除とブレスト・インプラント(豊胸手術)を 約3ヶ月掛けて行ったことをニューヨーク・タイムズ紙の社説欄で発表。 乳がんのリスクを抱える女性の間で、両乳腺切除が増えるという社会現象を巻き起こしています。
」 写真上、中央は2012年のオスカーのスナップですが、それ以降のアンジェリーナのメークはどんどんナチュラル系の 落ち着いたメークになってきています。




2014年には、アンジェリーナがディズニー映画に初挑戦した「マレフィセント」が公開され、この年にブラッド・ピットと結婚。
ハネムーンの替わりにフランスで撮影したのが、2人の10年ぶりの共演となる「バイ・ザ・シー」で、 倦怠期を迎えたカップルを描く作品は、2015年に公開されたものの全くの泣かず飛ばず。
2016年に入ってからは、精力的にアクティビストとして活動していたアンジェリーナですが、9月にブラッド・ピットとの離婚を申請。 弁護士、イメージ・コンサルタントなど最強のチームを雇って、子供達の単独の親権の獲得に乗り出しています。



ブラッド・ピット


1963年にオクラホマ州の田舎町に生まれたブラッド・ピットが俳優としての仕事を始めたのは、1987年のこと。
「ダラス」、「21ジャンプ・ストリート」等、有名なTVシリーズに脇役として出演していたのが80年代のブラッド・ピット。




前述のように80年代はTVシリーズの出演に終始していたブラッドですが、キャリアのブレークを迎えたのは、 1991年に封切られた「テルマ&ルイーズ」でジーナ・デイビス扮するヒロインの、相手役を務めたこと。
この時のブラッドのハンサムなベイビー・フェイスとブロンドヘア、そして鍛えられた身体が今日の彼のキャリアを築いたと言われるほど。 この頃から彼のルックスに注目する女性ファンが激増しています。





1993年には、映画で主役を演じるようになり、この年に封切られた「カリフォルニア」で共演した ジュリエット・ルイスと交際をスタート。ブラッド・ピットが初めてカップルとしてレッド・カーペットを歩いたのは、オスカーにノミネートされた彼女ととのこと。 この年には、翌年封切られ、トム・クルーズと共演した「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」の撮影に入っています。
1994年には同映画に加えて、ブラッド・ピットを一躍「セクシエスト・マン・アライブ」にした「レジェンド・オブ・ザ・フォール」が封切られていますが、 この年に撮影に入った「セブン」で共演したグイネス・パルトローとの交際がスタート。 その後2人は3年間交際し、婚約まで至りますが、ブラッドの浮気が原因で1997年に別れています。 その1997年までにブラッドのキャリアは初期のピークを迎え、「トゥエルブ・モンキー」でゴールデン・グローブ賞を受賞、 「スリーパーズ」、「セヴン・イヤー・イン・チベット」などが公開されています。




1998年には「ジョー・ブラックによろしく」、1999年には「ファイト・クラブ」が封切られていますが、 この頃までには、当時人気TV「フレンズ」のレイチェル役で、ヘア・スタイルのトレンドを生み出していたジェニファー・アニストンとの交際がスタート。 2000年にはジェニファーと結婚し、「ジョー・ブラックによろしく」の中で花火を担当した業者にウェディングの花火を依頼するなど、 彼が主導を握ったウェディングをしたことは当時有名なエピソード。
2001年には、ジュリア・ロバーツと共演した「メキシカン」、「スパイ・ゲーム」、「オーシャンズ・イレブン」が封切られ、 「フレンズ」のエピソードでジェニファーとも共演しています。




2002年は小さなプロジェクトのみこなしていたブラッド、同年後半から2003年にかけて「トロイ」の撮影に入りますが、 2004年にそれが公開されて、相手役が無名女優だと映画の格が下がることを感じとったとのこと。 その直後にキャスティングされた「ミスター&ミセス・スミス」は、当初相手役にニコール・キッドマンがキャストされていましたが、彼女がそれをパスしたため、 ブラッドは、ニコールと同等のステータスの女優でなければ自分も降板すると宣言したのは当時有名なストーリー。 その結果キャストされたのがアンジェリーナで、2004年にはその撮影に入っています。




「ミスター&ミセス・スミス」が公開され、アンジェリーナとのロマンスがタブロイド紙を賑わせたのが2005年。 2006年にはアンジェリーナが養子縁組した2人の子供を、自分の子供として養子縁組しています。
過去に、ジーナ・デイビス、ジュリエット・ルイス、グイネス・パルトローと、いずれも共演者と交際してきたブラッドを心配したアンジェリーナが、 ラブ・シーンのある映画の出演を断るようにとブラッドに要求したと言われるのがこの頃で、 2006年の「バベル」、2007年の「オーシャンズ・サーティーン」など、いずれもラブシーンの無いものになっています。




2008年には「ベンジャミン・ボタン」の演技でオスカーにノミネートされていますが、この頃から だんだん老け込んできたと言われていたのがブラッド。
2009年には「イングロリアス・バスターズ」が封切られ、 翌年からは、「マネーボール」、「ザ・ツリー・オブ・ライフ」の撮影に入っています。
この頃に彼らの最初の不仲説が流れています。




2011年には「マネー・ボール」が封切られ、オスカーの主演男優賞にノミネートされていますが、 この頃から彼のプロダクション・カンパニーがビジネスを拡大。 2013年に封切られ、オスカーの作品賞を受賞した「12イヤーズ・ア・スレーブ」 に出演すると同時に、プロデュースも行っていましたが、この頃から飲酒の量が増えてきたことが伝えられています。
ちなみにブラッドの白髪交じりのひげや髪の毛は、一見無造作に見えますが、実際にはお金を掛けて一流のヘア・スタイリストとグルーマーが、手が掛かっていないように見える ルックスをクリエイトしていたとのことです。




2014年はアンジェリーナと結婚した年で、2人とも結婚の理由を「子供達にせがまれて結婚する」とコメント。
2015年にはブラッドのプロダクション・カンパニーがプロデュースする「ザ・ビッグ・ショート」が封切られ、オスカーにノミネートされています。
写真上2016年のスナップは、映画の役のために髪の毛をブロンドに染めたブラッド。 離婚のスキャンダルで脚光を浴びて以来、ブラッド・ピットは公のばに姿を見せておらず、 子供の親権を得るためにドラッグのテストを受けた噂が流れていますが、彼の動向はハリウッド・レポーターさえつかんでいないのが実情です。


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