Kate Moss, Effect of Drink, Drugs, Smoking & Non-Stop Partying
ケイト・モスに見る、アルコール、ドラッグ、喫煙、夜遊びが
ルックスに及ぼす エイジング・ダメージ。その変貌をタイムラインで御紹介!




今のモデルの長者番付のトップ10に入る年収を上げているケイト・モス。
モデル生活22年目にして、モデルとしてだけでなく、今後はブリティッシュ・ヴォーグのエディターとしてのプロジェクトをこなすなど、 次から次へと仕事が舞い込む彼女であるけれど、それと同時に常に指摘されてきたのが、 アルコール、喫煙、ドラッグ、そしてパーティー三昧のライフスタイルで、年齢 以上に彼女がエイジングをしているということ。

エクササイズ代わりに夜遊びをして、ダイエットをしない替わりに 食事をせず、アルコールと喫煙、そしてドラッグの 常用が常に伝えられてきたケイトですが、どんなに夜遊びをして、本人の肌がガサガサになろうと、メークをして 写真に撮ると 抜群にフォトジェニックなのは、モデルの撮影に慣れたプロのフォトグラファーでも驚くほど。
しかも、朝まで飲んでいても顔や身体が浮腫むことが無いというのも 他のモデルが羨む点で、 ファッション業界では「Born to party」すなわち「パーティーを楽しむために生まれてきた」と言われてきたのがケイト。

その写真写りの良さに加えて、独得のファッション・センスや抜群の存在感で、どんなにパーティー三昧をしようと、ドラッグ・スキャンダルが浮上しようと、 真夜中に酔っ払ってシワクチャの顔でクラブから出てこようと、仕事が舞い込んでくるという極めて特殊な存在と言えるのが スーパーモデル、ケイト・モス。



ファッションのインサイダーの中には、ケイトが ドラッグ、特にコカインににドップリ浸かっていた理由は、 食欲を抑えて、細いモデル・ボディを保つためとの指摘も聞かれていましたが、ケイトは生まれつきのスリムなボディ。
でも彼女と一緒に夜遊びをしていたモデル達は、殆どケイトが食事をしている様子を観たことが無く、唯一ケイトが食べているのを見たと 良く言われるのが、マティーニ・グラスの中のオリーブ。

でも、そんなケイトも昨今はカーヴィーになってきたことが指摘され、特に写真上右2枚の一番最近のバケーションのスナップでは、 さすがのスーパーモデルも、太腿の後ろにセルライトが見られ、腹部に脂肪が付いてきたのは明らか。
ケイトにとってのこれまでのダイエットは、前述のようにアルコールを飲む事と言われてきましたが、エイジングと共にアルコールの分解が悪くなってきた印象を 与えているのが昨今のケイトのボディ・ライン。

そうは言っても、今やファッション・グラビアは全てフォトショップでボディをスリムに出来るので、たとえケイトのウエストが太くなろうと それがグラビアに反映されないのは明らか。 また、肌のシワや衰えも、ボトックス、フィラー、レーザー・トリートメント、ピーリングで改善できるだけでなく、 フォトショップで完璧に修正が可能。なので、本人がどんな姿になろうと、今後も完璧なケイトの姿を 引続きグラビアで見ることが出来るのは 確かとなっています。
そうは言っても、特にフランスではフォトショップを使い過ぎると、広告が掲載禁止になるとあって、 素顔でスナップされた時に 広告写真とのギャップが大きい ケイトを もはや大手化粧品メーカーが スポークス・モデルには起用しないだろうというのは、広告業界では公に語られる事実になっています。

以下では、ケイトがモデリングをスタートした1991年からのルックスの変貌を、タイムラインでご紹介 しています。




1991年: 写真はブライズ・マガジンのグラビアで、当時は清楚なイメージで捉えられていたのがケイトのルックス。

1992年: カルバン・クラインのアンダーウェアの広告に出始めた頃のケイト。

1993年: ウェイフ、ヘロイン・シックがもてはやされ、それを象徴するモデルになったのがこの頃。




1994年: トップモデルにのし上がったのがこの頃で、1回の撮影ギャラが120万円を超えた頃。この頃には既に夜遊びで有名な存在。

1995年: ジョニー・デップとの交際がスタートし、そのパーティーぶりが益々ワイルドになっていった時代。

1996年: ジョニー・デップの紹介でハリウッドの俳優達とパーティーを楽しみ始めた頃。モデルとしては押しも押されもしないトップに!




1997年: 引き続きジョニー・デップとパーティーを楽しみ、1日2箱のヘビー・スモーカーであった時代。この頃から肌の衰えがスタート。

1998年: この年にジョニー・デップと別れ、酒量とドラッグ使用が増えて、自殺未済を図り、11月には遂にリハビリ入り。

1999年: デトックスをして再びモデル界のトップに返り咲き、ロレアルのCMにも出演。




2000年: 不健康なライフスタイルがたたって、腎臓病で入院。肌も当時26歳とは思えないほどにシワクチャに。

2001年: 総資産15億円を稼ぎ出すモデルになった頃。元夫のジェファーソン・ハックと出会ったのがこの頃。

2002年: モデル業に退屈して、ドラッグとアルコールに再びドップリ浸っていった時期。




2003年: 娘、リラ・グレースの妊娠を機に一時的にアルコールとタバコを断っていた頃。でもこっそりアルコールは飲んでいたとのこと。

2004年: 30歳になって、シワが増えると同時に髪の毛がバサバサになってきたことがヘア&メークの担当者から囁かれ始めた頃。

2005年: ドラッグ中毒のロッカー、ピート・ドーティーとの交際で、どっぷりドラッグに浸った生活を送っていた頃。コカインを吸い込んでいる写真が メディアで公開され、H&M、ディオールの広告出演契約を取り消され、キャリアがどん底をつけた時代。




2006年: ドラッグ・スキャンダルが一段落して、再び一流ブランドの広告に出演。この頃にはボトックスや、レーザー・トリートメントの常連。

2007年: ピート・ドーティーと別れ、トップショップで自らのブランドを立ち上げたのがこの年。

2008年: 34歳になり、ロンドンに約10億円の邸宅を購入した時代。この頃には肌の衰えがかなり深刻化。




2009年: 18時間連続でパーティーを行うなど、ドラッグ、アルコール、喫煙と縁が切れなかった頃。

2010年: レーザー・トリートメントとフィラーで、肌と頬のこけ方がかなり改善されたケイト。

2011年: 37歳にして47歳の肌とファッション業界のインサイダーの間で噂されていたのがこの頃のケイト。




2012年: 徐々にメークでは肌の粗が隠せなくかってきたケイト。でもパパラッツィに言わせれば、実物より写真映りが良いと言われる存在。

2013年: バケーション中でノーメークのケイト。かなり顔が薄くなった印象。

2013年: プロのメークでイベントに登場した際のスナップであるけれど、ヘアのせいで老けた印象。加えて生え際が、少し上がって来ているのが見て取れます。










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