Aug Week 4 2026
Lookism Really Rules?
ルッキズムを覆す概念は無いのでしょうか


 CUBEさんとは独身時代からの長いお付き合いです。秋山さんのご意見を聞きたくてメールをしています。
 私には高校生の娘がいますが、目を大きくする美容整形をしたがっていて、そうすれば外観がグレードアップして、 人生が全て上手く行くように勘違いしています。 確かにルックスが良い方が人生は得だとは思いますが、娘は低く見積もっても平均以上の顔立ちをしています。 休日に友達と出掛ける時のファッションやメークにも気を遣っていて、見た目で損をしているとは思えません。
 世の中の行き過ぎたルッキズムのせいで、価値観が狂わされているように感じますが、「見た目が良い方が得をするに決まっている」というのが娘の口癖で、 「見た目が全てではない」という台詞では、使い古され過ぎて娘世代に通じなくて困っています。
 そこで秋山さんにお尋ねしたいのは、今のルックス至上主義を覆すような概念は存在しないのでしょうか。  何かお知恵かご意見をお聞かせいただけたら嬉しいです。これからも頑張って下さい。

ー R ー


子供時代のルックス・コンプレックス解消法


 私は周囲からルックス重視のいわゆる「面食い」だと思われていて、そう思われる理由は私がルックスが良い人をオープンに誉めるからだと言われたことがあります。 でも周囲が気付かないだけで、私がルックスが良い人を誉める時は「これだけルックスが良くて、性格も良い」とか、「このファッション・センスでこのルックスの良さだったら…」と、 ルックスはあくまでプラスαの要素で、それ以外の秀でた点を賞賛するケースが殆どです。それと同時に私は「ルックスは良いけれど、品が無い」とか、 「キレイだけど、不幸のオーラが出ている」などと、ルックスの良さを認めながらネガティブ・ジャッジをするケースも多くて、ある時本人が居ないところで「愛人にはなれても、妻にはなれない美しさ」と言ってしまったら、それが図星で友人に驚かれたことがあります。世の中一般でも、ルックスは良くても言葉を発した途端に周囲をウンザリさせる人のことは持ち上げていないと思います。
 私個人のルッキズムは「見た目の第一印象が悪い人には絶対近寄らない」というポリシーで、第一印象が悪い人にはことごとく嫌な思いをさせられた歴史があるので、そういう人達を避けるのは私にとっての”転ばぬ先の杖”になっています。

 かく言う私は、小学校に上がる頃には「生まれ持った美しさに負けない何か」の探求を始めており、理由は私より遥かに美しい姉が居たためでした。 昭和の時代は今より遥かに残酷だったので、「お姉さんはキレイなのに、何故貴方はこんななの?」とか、「お姉さんに良いところを全部持って行かれちゃったのかな」など、今から振り返ると 「あんな酷いことを言われて屈しなかった私は何て強い人間だったんだろう」と自分を讃えたくなるようなことをかなり言われましたが、 姉の方が美人だったとは言え私とは顔が似ていて、姉が細く、私が太目だったことも私が卑下される一因でした。
 その姉とは2歳違いで非常に仲が良く、姉の美貌は私にとって自慢でしたし、何より私のことを最も評価してくれていたのが姉だったので、私の中には周囲が思うような妬みや、羨ましいという気持ちはありませんでした。 それでも姉と比べられた時に自分の存在感が示せる何かを持つ必要性を子供心に感じていて、通常、美に対抗するものと言えば知性ですが、 あいにく姉の方が成績が良く、私の方が確実に秀でていたのは足が速かったこと、そして絵と作文が上手いことくらいでした。
 そんな小学校低学年のある日、母がPTAで会った友人の母親に「妹さんはいつもきちんと朝のご挨拶をしてくれるけれど、お姉さんは何も言ってくれない」と言われたそうで、 それを聞いた時に「これだ!」と思ったのを今もはっきり覚えています。以来私は必ず挨拶すること、そして大人に何か尋ねられた時に きちんと受け答えをするように心掛けるようになりました。 昭和の時代は、大人から質問されると恥ずかしがったり、遠慮したりで、何も答えない小学生が非常に多かったのです。 そうするうちに私は、当時の小学生への誉め言葉の定番である「ハキハキしている」、「しっかりしている」というイメージを確立し、大人と積極的に話すことで 敬語が早く身についたので、教師と友達の親には嫌われたことがありませんでした。
 逆に姉は同級女子からの妬みや、男子児童にありがちな恋愛感情に基づく意地悪、 そして小学校高学年の時には独身男性担任から「可愛さ余って憎さ百倍」的な嫌がらせを受けて、同じ学校に通って人間関係を把握する私は姉の相談相手であり、 姉を励ますチアリーダーでもありました。そうするうちに「おっとりした美人の姉」と、「口が達者で、要領が良い妹」というようなイメージが定着するようになったのを覚えていますが、 今となっては姉と比較されたことで早くから人格向上意欲が高まったことには感謝している次第です。



ルッキズムよりも排他的で残酷なのは…


 その後、中学に上がって制服を着用するようになると生まれ持った美しさで女子がランク付けされる傾向が顕著になりましたが、 ここでも美しさに張り合える要素が2つあることに気付きました。その1つは運動神経で、「運動が出来るとモテる」というのは男子学生のイメージがありますが、 女子学生もルックスがアベレージ以上である場合、ハツラツとスポーツをする姿は大きな武器でした。 これが世界共通の魅力だと痛感したのは、アメリカに来たばかりの1990年代に通っていたジムに「顔はそこそこ」と言われたエアロビクス・インストラクターがいたのですが、 彼女が抜群のボディラインでキビキビとクラスを教える姿に見惚れる男性ジム・メンバーが多く、かなりモテていたことでした。
 もう1つの要素は髪の毛で、シャンプーCMに出て来るようなサラサラの髪質のブラウンがかったヘアで、当時流行りのレイヤーカットが似合っている女子生徒は、 その髪の毛がもたらす雰囲気が大きなアトラクションになってモテる傾向にありました。
 やがて高校時代になると、メークやファッションといった自己表現手段が武器になり始めましたが、 それとは別に性的に緩い女子学生が男子学生からモテるというより、下心のあるチヤホヤした扱いをされるようになっていきました。 そして大学に上がると、男女とも個人の魅力に親の社会的地位や資産が絡むようになり、ブランド品の持ち物やどんな車に乗っているかがルックスのジャッジメントに大きく加点されるようになりました。
 その状況はアメリカのアイヴィー・リーグの大学でも顕著だったようで、私の友人の金融業界の夫がペンシルヴァニア大学でエスティ・ローダー創業家の エリン・ローダーと同級だったので「大学時代の彼女って可愛かった?」と尋ねたところ、帰って来た答えは 「彼女のラストネームだったら、顔とは無関係に可愛いに決まっている!」というもの。 要するに名門大学に進学し、将来やキャリアを考えるようになれば、親の社会的地位や財力がルックスより遥かに大きな魅力であることを誰もが認識していた訳で、 そんな”Classism/クラシズム”や”Elitism/エリーティズム”の方が、 見た目さえ良ければ何とかなるルッキズムよりも遥かに排他的で残酷な要素を多々含んでいるというのが私の意見です。



ルックスの条件と限界 


 ルッキズムは、クラシズムやエリーティズムの前であっさり敗北するだけでなく、エイジズムにも劣るジャッジメントです。 そのことはモデルが30歳を過ぎると容姿とは無関係にヴィクトリアズ・シークレットにも、レオナルド・ディカプリオにも相手にされなくなることに表れています。 実際に世の人々がルッキズムだと思っているジャッジメントの多くはエイジズムであったりします。
 ルックスが全てと思って美容整形をしたところで、年齢を重ねればその価値は確実に失われますし、 年齢を重ねた女性が美容整形をしても「年齢の割に若くてキレイ」という限定的アップグレードが可能になるだけで、ルッキズムのヒエラルキーではさほど上のポジションに行くことはありません。 特にエイジズムが他国より激しい日本社会では「ルックスが全て」より「年齢が全て」の方が的確です。

 基本的にルッキズムとは、10人並みの清潔感の上で成り立つ優位性です。 そのことは「醜さには慣れるが、だらしなさには我慢ならない」というココ・シャネルの語録にも表れています。 したがって清潔感が保てる自己管理能力や時間的ゆとりが無ければ、たとえルックスが良くても宝の持ち腐れになります。 そしてココ・シャネルはこの語録でルッキズムが抱える限界にも触れていて、それは醜さも、美しさも見慣れてしまうとそれぞれのネガティブ&ポジティブ・パワーが衰えて行くということです。

 では世の中に醜い方が得をすることがあるかと言えば、私はある会話がきっかけでその答えが「Yes」になりました。 もう20年以上前のことですが、誰もが知る日本の商社勤めの男性と友人を介してNYで飲む機会がありました。友人がその男性と親しかったこともあり、 恐らく日本国内だったら絶対話さないような社内事情をかなり教えてくれたのですが、その男性は人事課でもないのに 社内浮気の処理を任されていたそうで、社の方針は戦力である男性社員を無傷で残し、女性側に穏便に辞めてもらうという一択。
 その男性によれば、浮気相手の女性のルックスが良いと解雇が簡単なので安心し、ルックスが悪いと「厄介なのに引っ掛かってくれた」と慎重になっていたとのこと。 理由はルックスが良い女性は自分にプライドがあるのであっさり辞職するのに対し、ルックスが悪い女性は「自分なんてどうなっても構わない」という捨て身タイプが多く、 「死なばもろとも」的にゴネるケースが少なくなかったとのこと。加えてルックスが悪い不倫相手には、浮気男性側も美女に接する際の見栄や遠慮がない分、 露呈されると困る行いや言動が絡むケースが多かったようで、ルックスが悪い女性の方が遥かに優遇された辞職をしていたとのことでした。

 Rさんの娘さんのような現代の若い女性は、美しくなれば、幸せがそれに付いて来ると勘違いしているケースが多いように見受けられますが、美貌と幸福は決してパッケージ・ディールではありません。 実際には顔が100点に近い美女よりも、60点から80点程度で それ以外の魅力や能力、人間性で長けた女性の方が確実に幸せになっています。 ココ・シャネルの語録に「美しさは武器、装いは知恵、謙虚さはエレガンスである」というものがありますが、美しさという武器が核兵器並みに最強になると、持っていることに威力はあっても 意外に使えないのです。 それよりイランやウクライナが使用しているような、何発でも無理なく生産出来るドローンの方が迎撃され難く、継続的な攻撃が可能なのは個人の魅力でも言えることです。 そして知恵を絞った装いで自分にとって最高のプレゼンテーションを演出し、謙虚に振舞えることが品性であり、それがまともな人々にアピールする美しさだと私は思う次第です。

 ルックスは人類の歴史上でも相手を判断する重要な指針でしたので、ルックス・ベースのジャッジメントを否定することはできませんが、 女性を美しさでジャッジして優劣をつけるミス・ユニヴァースのようなビューティー・ページェントの審査員、主催者を始めとするルッキズムを推進、肯定する側は 必ずしもルックスが良い訳ではなく、むしろルックスという基準では優劣がつけられないような中途半端な外観であるケースが殆どです。
 クラシズムやエリーティズムは一部の詐欺師は別として、実際に社会的地位や財力を持つ人が持たない人をジャッジするのに対して、ルッキズムとエイジズムにおいては 美しさや、若さを持たない人でも偉そうにそれを振りかざして、他人に優劣をつけているのは頭を冷やせば滑稽な様子なのです。

Yoko Akiyama

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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。 Eコマース、ウェブサイト運営と共に、個人と企業に対する カルチャー&イメージ・コンサルテーション、ビジネス・インキュベーションを行う。
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