Mar. Week 4 2018
★ "Betrayed by My Business Partner"
"ビジネス・パートナーに裏切られました "



Yokoさま、
アメリカ在住の読者で、日本に居た頃からずっとcubeny.comを読んでいました。 このコーナーとキャッチ・オブ・ザ・ウィークは欠かさずに読んでいます。 私もどうしてもYokoさんのアドバイスが頂きたくてメールをしています。よろしくお願いします。

私には、技能があって ずっと友達が それで独立するようにと勧めてくれていたのですが、 やがて 彼女が資金を、私が技能を提供するというフィフティ・フィフティのパートナーシップで起業することにしました。 私は新しく始めた会社でフルタイムで働きましたが、友達は パートナーといっても資本参加なのを理由に、 それまで通り、大手の会社務めを続けていました。
私はスタートした会社の体制を整えるために、毎日夜中まで働いて、クライアントを獲得して、 そのクライアントからさらにクライアントを紹介されるようになって、一人では仕事がこなせない段階になって2人新しいスタッフを雇いました。 その2人の面接からトレーニングまでを全て私がやりながら、会社の業務も1人でこなしたので、 とにかく激務でした。また会社が軌道に乗るまでは サラリーを増やさない方針を友人と決めていたので、 薄給でしたが、何時か楽になることを夢見て 頑張りました。
その甲斐あって、2年もすると スタッフ5人が立派に働けるようになり、会社の売り上げも上がって、 私にも少し余裕が出てきました。 そうなって初めて 会社のお金の動きに着眼する時間が出来たのですが、 すると 友人が会社のために1分も働く事無しに、過去2年間に渡って、1日15時間前後会社のために働いた 私と同額の給与を毎月受け取っていたことを知り、愕然としました。 友達はフルタイムで働いている会社がホリデイで休みでも、私達のビジネスの手伝いなどしたことさえありませんでした。

それを知って腹が立ちましたが、彼女の資金があっての会社だという気持ちもあったので、 文句を言うのは諦めて、せめてそれ以降は 会社が儲かってきたのだから、私の給与を上げて欲しいと話し合いました。 話すうちに気付いたのは、私はフィフティ・フィフティのパートナーなどではなくて、 彼女の雇われスタッフになっているという事、そして会社の会計業務に彼女のご主人がかなり深く関わっていたことで、 それに対して文句を言った段階で、友達とは全面対決のようになってしまいました。
すると確定申告の準備の時期になって、 友達の義理の姉や、妹が会社に割り込んできて、 必要経費の支払いに必要以上に時間が掛かるようになったり、 私がトレーニングしたスタッフの前で、私のことを蔑むような態度を取るようになって来ました。 加えて どんどんスタッフを洗脳していって、私をのけ者にするような体制を作り、 最後には オフィスのロックを替えて、私が入れないようにされてしまい、その時には悔しくて 泣き叫びました。

その後、パートナーの友達を法的に訴えようと思って、手元の書類を持って弁護士に会いに行きましたが、 その書類は友達の弁護士によって作成されていたので、 こういう時に備えて、私が勝手に出て行くのならば、一銭も友達の出資金や会社の利益に対して、折半を申し出る権利が無いというような条件が書かれていました。 そのせいで訴える訳にも行かず、自分が安月給を我慢して ここまで育ててきた会社をタダで追い出された形となりました。
以来、過労や精神的なショックとダメージで、寝込んでしまい、どうして良いかわからない状況が続き、 食欲も無くなり、外に出かけたり、友達に会って この事を相談する元気も無くなってしまいました。 一度、アメリカ人の友達に相談したのですが、「気を取り直して、新しくやり直すには、何時までも 友達に対して怒りを抱くのを止めて、彼女を許さなければならない」と言われ、そんなことは私には出来ないと思って 一晩泣く羽目になってしまいました。

そんな時に、過去のこのコーナーのアドバイスを読んで、気持ちが救われる思いがしたので、 いっそ秋山さんに 今の状況にもアドバイスをお願いするべきでは?と思い始めました。 このメールを書いている最中にも、悔し涙が何度も込み上げてきて、ご相談を挫折しかかりましたが、 それでもどうしてもアドバイスが頂きたくて、頑張ってメールをしています。
お忙しいかと思うのですが、これから私がもう一度頑張って行くための アドバイスを頂けたらとても嬉しいです。 よろしくお願いします。

- A -



私も2000年にCUBE New Yorkを設立するに至るまでには、Aさんと全く同じようなパートナーの裏切りに遭いましたので、Aさんの今のお気持ちは痛いほどよく分かります。
CUBE New Yorkの前身となったのは、1996年に2人のアメリカ人パートナーとスタートした ヴァーチャル・ショッピング・ネットワークというウェブサイトだったのですが、 日本語版 ウィンドウズ95が発売されて初めてコンピューターを使い始めた私にとって、インターネットやコンピューターの知識があった パートナーの1人は 必要な存在に思えました。 また もう1人のパートナーは既に会社を経営していて、当時クレジット・カードの支払いプロセスをするには、会社として最低2年分のバンクレコードが必要でした。 そのため パートナーの会社の別部門として、私が50%、アメリカ人 2人が50%の フィフティ・フィフティのパートナーシップでビジネスをスタートするのは 理に叶っているように思ったのですが、今から思うと間違いだらけの起業でした。

その結果 何が起こったかと言えば、日本語のビジネスということもあり、働いているのは私1人。 パートナーの1人はクレジット・カードの支払いをプロセスするだけが業務で、その売り上げはもう1人のパートナーの会社の銀行口座に振り込まれるので、 私は直接売り上げ金にアクセスすることが出来ず、エクスペンスを立て替えては、それを払い戻して貰う形でビジネスを続けました。 当時はどんなに働いても全くの無給で、それはパートナーも同様でしたが、 私はライター兼リサーチャーの仕事で生計を立てながら、1人で全てのビジネスをしていたので、朝から晩まで働き通しで 当時は自宅の冷蔵庫が壊れているのにも気付かないほど、仕事以外のことに関心が払えない状態でした。

もしパートナーが少しでも協力的であったり、私のハードワークをねぎらってくれるのであれば まだ報われたのですが、 利益が上がるまでには2年以上が掛かり、それまでは「私のせいで儲からないビジネスに巻き込まれた」と馬鹿にされたり、文句を言われることの連続でした。 そしてやっと利益が上がり始めた段階では、私が自分のポケットマネーから立て替える金額がどんどん大きくなっていきましたが、 その払い戻しのスピードが 徐々に遅くなっていく様子に 不信感を覚え始めました。
そして その未払い金の額が 200万円程度に膨らんだ段階で、パートナーの2人が私に押し付けてきたのが、 今後のビジネスのための ”仮の合意書” でした。 会社経営をしていた パートナーは ロウ・スクールを出ていましたので、彼が製作したのがそのビジネス合意書でしたが、 それまで私達は、パートナーと言いながら 何の協約も取り交わすこともなく、以前から友人同士だったという架空の信頼と 一般常識をベースにビジネスをしていたのでした。

それまでは「利益が上がった時点で、個々のパートナーがビジネスのために働いてきた時間給を受け取る」という口約束だったのですが、 ”仮の合意書” では 何もしてこなかったパートナー2人に、極めて有利な利益折半が謳われていて、とても同意できる内容ではありませんでした。 ですが、私がビジネスのために立て替えていたお金が ”人質” ならぬ ”金質”に取られた状態で、 「合意書にサインしなければ、払い戻しもしない」という、半ば脅しのような状況で、 私はその合意書が ”仮” のものであるということ、「その次点で運転資金が途絶えて ビジネスがストップすれば、 今までやって来た事が全て無駄になる」と判断したので 渋々サインをしました。ですが、 たとえ”仮” であっても ビジネス社会において、書面にサインするということが 如何にパワフルなことかを思い知らされたのは その後の事でした。
当時の2人のパートナーの言い分は本当に理不尽で、 私は抗議をする度に 精神的に錯乱状態になる思いをしましたし、気付いた時にはコインサイズの禿げが出来ていたので、 ストレス・レベルは極限値でしたし、何度悔し涙を流したか分からないほどでした。

当時、弁護士に相談しようとも思いましたが、ニューヨークのビジネス・ロイヤーのコンサルタント料は最低でも1時間500ドルです。 しかも弁護士を探したり、そのオフィスに出掛ける時間もないほどに働いていたのに加えて、自分が弁護士に会って何を依頼したいのかもクリアではありませんでした。
もし私が仕事を請け負いでやっているコントラクターであれば、未払いの給与の請求が出来ますが、パートナーはそういう訳には行きません。 私は彼らに1セントでもお金が入るようなビジネスを続ける意思はありませんでしたが、 パートナーシップを解消したら、 私がビジネスを続けるのが 不可能なことも分っていました。
そこで、とりあえず私も法学部を出ていたので、何度も ”仮の合意書” を読み返して、どうやったら合法的に その地獄から抜け出せるかを必死で考え始めました。 その結果、私が思いついたのがCUBE New Yorkという別会社の設立でした。

当時の ヴァーチャル・ショッピング・ネットワークというビジネスは、ショッピングとオンライン・マガジンを2つの部門に分けていて、 ショッピングのセクションがヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク、ニューヨークやアメリカの情報を発信するのがCUBE New Yorkでした。 パートナー2人は ”仮の合意書” で、ショッピング収入が得られる ヴァーチャル・ショッピング・ネットワークのビジネスの50%、および経営決定権の50%を 私とシェアすること謳っていましたが、サイトのアトラクションであるCUBE New Yorkについては、 金銭収入が無い部門として、全く興味が無かったようで、 その運営の手間を私に押し付ける目的もあって、 100%のオーナーシップを私に保証していたのです。 幸い、プロの弁護士が作成した書類ではなかったので、合意書にはヴァーチャル・ショッピング・ネットワークとCUBE New Yorkの業務の詳細については、 一切の定義づけがありませんでした。

そこで1999年から、私はヴァーチャル・ショッピング・ネットワークの仕事を一切止めて、CUBE New Yorkの新しいウェブサイトを作り、 合法的にサイト・トラフィックを新しいウェブサイトに移行させ、そこで自分のビジネスとして、物販と情報発信の双方を行うようになりました。 その時には運も私に味方してくれて、思わぬ大ヒット商品が生まれました。それがパシュミナです。
当時日本では未放送ながらも、アメリカで大センセーションを巻き起こしていたのが「セックス・アンド・ザ・シティ」で、 その中で サラー・ジェシカ・パーカー 扮するキャリーが巻いていた パシュミナを 自分で 何色か買い揃えようと思ったのですが、 当時のお値段は1枚が300ドルもしました。 そこで「CUBE のお客様の分も一緒に購入すれば、卸売り価格で手に入る」 と考えて業者を探したところ、 多くの業者がミニマム1000枚といった高いハードルを設定する中、インドから最高品質を輸入する小さなオフィスが ミニマム50枚で 卸売りをしてくれることになりました。 そしてそのパシュミナが売れに 売れて、2000年に私が CUBE New York Inc を設立する資本金から 準備金までもが その売り上げから賄われることになりました。
その後もCUBE New Yorkでは ネーム・プレート・ペンダントや、当時5番街にあったフェンディ・ブティックから お取り寄せをしていたフェンディのバゲット等、 沢山のヒット商品が「SATC」から生まれましたが、1999年に 当時の私に何より必要だったブレークを与えてくれたということで、 「SATC」とパシュミナは私にとって ずっと ラッキー・チャームのような存在になってきました。

結局、2人のビジネス・パートナーとの決別には 弁護士を使うことになりました。その時にギブアップしたのが、私が立て替えていた60万円ほどのビジネス・エクスペンスで、 2人を訴えればそれ以上の費用が掛かるのと、何より私が「憎悪」という言葉が適切なほど嫌っていたパートナー達と 関わり続けることになるので、そんなストレスを避けて、エネルギーの全てをCUBE New Yorkのビジネスに注ぐために、お金はギブアップしました。 この時のことは、18年の月日が経過した 今でも ” 自分の人生で最も辛かった時期” として憶えていますし、パートナーから受けた仕打ちは一生忘れることは無いと思います。
「セールスマンの死」等で知られる劇作家のアーサー・ミラーの言葉に「Betrayal is the only truth that sticks. / 裏切りは人の心に残る唯一の真実である」 というものがありますが、記憶力を自負する私だけでなく、人間であれば誰の記憶からも消えることが無いのが裏切りという行為です。 この文章を書いている今でも、 彼らに復讐をしよう等とは思わなくても、彼らの裏切りを許そうなどという気持ちは毛頭ありませんので、 Aさんもビジネス・パートナーを 許す必要など無いというのが私の意見です。
そうした「汝の敵を愛せよ」的な考えは、キリスト教徒が多いアメリカ社会ではよく聞かれますが、 私自身は その後の会社設立の苦労とハード・ワークを、「パートナー達を見返そう」という気持ちで頑張った記憶があるので、 Aさんにも 元パートナーへの怒りやフラストレーションを、反骨精神にして 新たな 再出発をして頂きたいと思います。 こういう時のネガティブ・エナジーは、自分に無いと思っていたような 強さやパワーを見出すきっかけになるので、 私はそれを利用するべきだという考えです。

そして、次のビジネスはパートナーよりも アウトソーシング、元手が掛からないスタート法を考えるなど、 同じ道を辿らない手段を選んで下さい。既にAさんは1人でビジネスをやって来たも同然なのですから、 パートナーが居なくても 立派にビジネスが出来るはずです。 もし誰かと何等かのチームを組む場合には、別会計の協調取引関係にするべきで、 フィフティ・フィフティのパートナーシップだけは避けることをお薦めします。
アーサー・ミラーと同じ劇作家で、「欲望という名の電車」で知られるテネシー・ウィリアムスは、 「We have to distrust each other. It is our only defence agaist betrayal/我々はお互いを信じるべきではない。それが裏切りに対する唯一の防御である」 と語っていますが、特にビジネスにおいて、それは紛れもない真実なのです。
でも人を裏切ったり、陥れる人には、必ずその報復と言えるような将来が待っているものです。 私はこういう時にはキリスト教の 旧約聖書の「Revenge is mine (復讐するは我にあり)」という神のセンテンスを信じて、 自分が高潔に生きてさえいれば、悪業を働いた人には 神様が罰を与えてくれると信じています。

実は半年ほど前に 「神様というのは、不思議な計らいをするものだな…」 と思う出来事がありました。
というのは、ある日出掛けたヨガのクラスで、18年前に私を裏切ったパートナーの1人に出くわしたためです。 同じクラスの中に彼の姿を見た時は、一瞬心臓がバクバクしましたが、 やがてクラスが進むうちに それが偶然ではなく、神様からのギフトだと思うようになりました。
そのパートナーは当時、私に同情する様子を見せながら、 もう1人の悪玉パートナーに逆らう強さが無かったので、彼に言われるままに 無情な行為を私にしてきた人物だったのですが、ヨガクラスで見た彼は、 その人間性がそのまま身体に現れていて、肩甲骨が片側だけ大きく歪んで 姿勢が悪く、 身体のコア(中核)の弱さを露呈していました。 そんな骨格なので、バランスが悪く、柔軟性が無い様子も彼の人間性そのままでした。
彼のヨガ自体も、自己満足でやっているような精神性が感じられないもので、 そんな心と身体で これから年を取っていくのが、彼が私にした裏切りに対する 神様のリベンジなのだと思うようになりました。
その後も何度か 元パートナーをヨガのクラスで見かけましたが、私にしたことは今でも許せなくても、 彼の年齢を考えると、その身体の歪みや動きについては、気の毒な気持ちにさえなるものでした。

私が知る限り、裏切りを経験して 酷い目に遭った人というのは、負けたり、諦めたりせずに、新しい事に取り組めば、 必ず大きく リバウンドするものです。そして、その時には天からの助けがあるものなのです。
そのためには 健康管理がとても大切ですので、食事に気を付けて、エクササイズやメディテーションをするなど、 ストレス対策をして、極力睡眠を取るように心掛けながら 前進して下さい。スタートや、再出発には苦労が付き物ですが、 これからはAさんが自分のために頑張れる訳ですから、きっと 元パートナーとの会社よりもずっと素晴らしいビジネスが築けるはずです。
心から応援していますので、是非頑張って下さい。

Yoko Akiyama

★ お知らせ ★ 3月29日木曜日に、日本語のインターネット・ラジオ、さくらラジオの米国東部時間午前11時からの番組「かわら版USA」に出演させて頂くことになりました。 お時間がある方はぜひチューンインして頂ければと思います。 以下のサイトにアクセスして、ページの左上のボタンをクリックするだけで視聴して頂けます。 http://www.sakuraradio.com/



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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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